たった、ひとこと

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  第三章・気高き護りの町―15  


「知りませんでした、神子の場合は奥へ進むのは二人なんですね」
「あ、あの。ごめんなさい……何が、用事とかありましたか」
 アイラや騎士達が控えている部屋から奥へと進み、窓のない真っ白な壁、ほこり一つない床の上を進んでいたルイは、部屋から遠ざかり二人きりになったとき急に声をかけてきたカイトの顔色を伺うように覗き見た。
 しかしカイトの表情は微笑んだまま、優しそうな瞳をゆっくりとルイに向けて捉える。
「いいえ。私にはルイさんをお守りする事を差し置いて重要な事柄などありません。ですが、どうして隠していたのですか? ルイさんは知っていたのでしょう」
「えっと……秘密、です」
「秘密ですか。それでは、仕方ありませんね」
 くすくすと笑うカイトに、ルイはほっと息を吐いた。選んだ理由を聞かれたら、答えられる自信がなくて。
 しんとした廊下に、二人の足音とルイの腕にはめられた腕輪の音だけが響く。
 カイトは石以外の武器を持っていない。神殿奥に入る前に、連れの人間は武器の持ち込みは禁止と言われ、デュオに預けていた。ルイはなぜ自分だけは武器を所持する許可が下りたのかわからないが、昨日買ったばかりの武器の立てる音に少しだけ緊張して、足音に集中した。

「ここ、ですね。最奥は」
「……開けます」
 暫く歩くと、金の取っ手の大きな扉が二人の前に現れる。開ける為にそっと手を伸ばしたルイは、その冷たさに緊張を煽られ唇を引き締め、ぐっと力を乗せる。
 ぎ、ぎ、と軋んだ音を立てて扉が開かれ、二人が中を覗き見る。部屋は左程広くはなく、薄暗い。少しの明かりでルイの視界に映りこんだのは、中央に祭壇、そしてそこにふわりと浮かび、光を発する一つの石。
「……ダイヤモンド……」
「入りましょう」
 カイトに促されルイが室内に入る。続けてカイトが部屋に入り込んだ時、扉が音を立てて閉じた。退路を断たれたようで心細く思いながらルイは後ろを振り返り、しかし急に室内が明るくなった事ではっと視線を中央の祭壇に戻す。
「何!?」
「ダイヤモンドが……」
 カイトが驚いてルイを庇うように前に出る。その反応で、カイト達が加護を受けに来た時と様子が違うのだと気づいたルイは不安を煽られ、自分の前に進み出たカイトの腕を思わずぎゅっと引き寄せる。
『……待ちわびた……』
「えっ!」
 突然頭に響いた声に、ルイとカイトはぎょっとして視線を合わせた。声は間違いなく脳内で響き、しかし発しているのは間違いなく目の前にある石だとわかる。
「神の声……!」
 カイトがかたかたと手を振るわせた。何が起きているのだろうと必死に考えを巡らせるルイの目の前で、ダイヤモンドは再びその光を強める。

『光の神子、我が試練……乗り越えて見せよ……!』
「ぐっ!」
 突然強い光が辺りを埋め尽くし、ルイはカイトの腕を強く抱いたまま目を閉じる。しかし、すぐに耳元でうめき声が聞こえ、ルイの腕の中からずるりとカイトの身体が離れた。
「え……っ!? か、カイトさん!?」
 漸く視界が戻った時、ルイの目に映されたのは衝撃的な光景だった。
 ずるりと蠢く蔦がまるで大樹のように絡まり、つい先程まで自分の隣にいた筈のカイトの身体を巻き込んだまま締め上げ、ずるずるとその身体を取り込もうとしている。
 カイトは武器は持っていないが、魔力石は何一つ手放してはいない。しかし、魔法を使おうともがいているようなのだが、その顔色は目に見えて青くなっていった。
「カイトさん! 嘘、どうして!?」
「近寄るな!」
 慌ててルイが傍に寄り蔦に触れた時、カイトが叫んだ。そのいつもとは違う乱暴な声に、ルイはさっと青くなる。状況は、思った以上に悪い。
 蔦に少し触れたルイは、眩暈がする程の魔力を持っていかれたのだ。そして締め上げられたカイトを見て、カイトが魔法を使えないのはこの蔦のせいだとルイは気づいた。
「この蔦……魔力を吸ってる!? や……やだどうして!!」
「ルイ……さ……逃げ……」
 途切れ途切れにカイトが発した言葉に、ルイの目にじわりと涙が浮かんだ。
 カイトを締め上げる蔦は既にカイトの右腕と首から上だけを残し体が見えない程に巻きついている。
 逃げられる筈がなかった。
 ルイがここにカイトを連れてきたのは、「一番大切な人を連れて」という指示があったからに他ならない。
「そうか……だから……っ」
 自分が大切な人間を連れて行くことで、先ほどダイヤモンドが言った「試練」が開始されるのだろう。
 自分がカイトを選んだから、カイトが今苦しんでいる……そう考えたルイは、大きく嫌だと叫んだ。
「カイトさんを離して!! 私が代わりにどんな試練でも受けるから! やめてぇええ!」
 わっと叫んだルイは腕の昨日買ったばかりの捕縛武器全てに魔力を注ぎ、使い慣れないながらも蔦目掛けて投げつける。いくつか蔦を縛り上げるも、慣れない武器の扱いが上手くいくはずもなくカイトを縛り上げる蔦は緩みもしない。
 すぐ腰の小剣を鞘から抜き、ルイは全力で蔦に切りかかった。その様子を見て、カイトが顔を歪めて「逃げて」と呟く。
「どうして! どうして私じゃなくてカイトさんなの!? ……カイトさんがいなくなるなんて嫌だぁああ!!」
 とうとう涙を零してルイは叫んだ。振り上げた小剣を蔦の根元に突き刺し、ありったけの魔力をぶつける。爆発するように蔦の根元でルイが流し込んだ魔力が弾け、ルイの身体は吹き飛んで白い壁にぶつかり、そのまま床に叩きつけられた。
「かはっ!」
 胸を強く打ち、ルイは息を吸い込む事が出来ず呻いた。涙で歪む視線の先で、焼けた蔦が見える。そして、自分と同じく床に倒れたカイトが見えた。
 蔦から逃れ床に倒れたカイト。しかし、その上で蠢く蔦が、再びカイトの身体を取り込もうと動くのが見えたルイは、はっとしてポケットに手を突っ込み強く握る。ポケットには、カイトに渡されていた伝達石と練習で使った結界の石が入っていたのを思い出し、ルイは最後の力を振り絞るように唇を噛んだ。
「カイトさんを守って……っ!」
 ぱん、とカイトの胸の辺りで何かの石が光り、その周囲に結界が広がる。ずるずるとカイトに迫っていた蔦はその身体に触れる事ができずにはじけた。
「……ルイ、さ……?」
 カイトは床に落ちた自分の周囲に自分が意図していない結界が張られ、首から提げていたルイと対の伝達石が淡く光っている事で自分の周りの結界がルイによるものだと察し、慌ててルイの姿を探した。
「カイトさん……よかった……っ!」
 カイトが顔を上げたのを確認したルイは、笑顔を見せた。

 カイトに触れる事を諦めた蔦が、ルイの身体を取り込み始めた、その状態で。

「ルイさん!!」
 瞬く間にルイの身体を、ところどころ焼けた蔦が取り囲んだ。それでもルイは全身に力を入れ、カイトの結界は解かず、どこか表情は安心したように微笑んでいた。
「カイトさん……逃げて、下さい。私は大丈夫……!」
 巻き込む蔦が、自分の身体から魔力を吸っているのがわかる。吐き気がしそうなその感覚に、ルイは笑みを見せ続けながら耐えた。
「駄目ですルイさん、結界を解いて!」
「いいの! お願い逃げて……私ここで……っ」
 ルイの言葉に、カイトは固まった。彼女は今何を言い出しているのだと、重たくて起き上がらない身体で何とか首を持ち上げルイを視界に捉える。
「私は私の大切な人を……守りたい! 来て!」
 ルイが強く叫ぶ。その時、散らばっていた捕縛武器がルイの声に反応したかのように動いた。
 蔦を絡めとり、ルイを締め上げていた蔦をルイの武器が縛り上げる。
 ルイの身体が開放され床に落ちたその時、蔦は大きな光りに包まれ……消えた。
「消え……た……?」
『……神子の願い、しかと聞き届けた』
 また、脳内に直接声が響き、ルイは頭を押さえた。既に限界まで魔力を使い果たしたルイは、激しい頭痛と共に響く声を必死に受け止める。
『尊き想いに気づく事を願う……我が分身を、光の子に』

 ふっと身体を包んでいた重苦しい空気が解かれ、ルイは身体の力が抜けて座り込んだ。周囲の光りは徐々に薄れ、また薄暗い空間となり落ち着いた。
「カイトさん……っ!」
 身体が自由になった途端ルイは慌ててカイトに駆け寄る。しかし、身体が自由に動かない程魔力を使い尽くしたルイは、同じく重い身体を引きずっていたカイトの腕の中に崩れ落ちた。
「っ、ごめんなさ……っ、カイトさん、大丈夫ですか!? どこかまだ痛みますか!? ごめんなさい、ごめんなさい! こんな事になるなんて、思わなくて私……っ!」
「落ち着いて、ルイさん。私は、大丈夫です」
 座り込んだままルイを腕に抱き、カイトは腕の中のルイを抱き寄せてその肩に頭を預けた。カイト自身動く事が出来ず、その体勢のままルイに謝罪する。
「油断しました。まさか、こんな試練だったとは……護衛騎士失格です」
「そんな……違います! 私、見ました。蔦が触れている時、カイトさんの持っている石、鈍った色に変わってました。ダイヤモンド様は、ここで私以外の魔力を封じていたんでしょう?」
 ルイの言葉に、カイトは苦笑だけしてみせた。
 それでも守れなかったのが悔しいといった様子で、ルイの腕に触れる。ルイの細い腕は怪我をしたのか、右腕が赤く腫れ上がっていた。

「あれを見てください、ルイさん」
 そっと労わる様に右腕に触れながら、カイトが顔を上げた。つられてルイが顔を上げると、祭壇の上に初めから存在を主張していた石とは違う石がふわりと浮かんでいる。
「あれがルイさんに与えられたダイヤモンド……純粋な魔力石です」
 ふらふらする身体を支えながら、ルイはゆっくりと祭壇に左手を伸ばした。そっと細やかな細工の石に触れると、それはルイの手に待っていたかのように収まり、淡く発していた光を吸い込んだ。
「これが……」
「成長型の魔力石……最高レベルですね」
「成長型?」
「魔力石にはいくつか種類があるのはアイラに習いましたね? 能力が無いものでも日常で使える独立型の魔力石と、」
「えっと、能力者が自らの魔力を石に注ぎ込んで魔法を形にする具現型、石が能力者に力を分け与える形で威力を出す支援型?」
「そうです。それともう一つが、この成長型。魔力を注ぐ事で能力者の意のままにその力を具現し、更に力を分け与えて能力者を支え、尚且つ能力者の力に応じてどんどんその力を強くする石……魔力石の最高レベルです」
「……そんな凄い石……」
「現在この石を持つものは少ない。ダイヤモンドはラトナと地の神子、地の長と私だけです」
「え、カイトさんも持ってるんですか」
「私は……ええ、成長型を頂きました」
「……そうなんですか」
 じっとカイトの顔を見つめて、ルイは呆けた声を出した。未だ自分の手にある石に実感がわかず、どこかぼんやりしたまま再び視線を落とし、手を握る。
 その様子をカイトは微笑んで見つめ、しかしすぐに表情を険しいものに変えると、ルイの肩に手を回した。
「わっ」
 ルイが僅かに悲鳴を上げたが、カイトはその自分より小さな身体を抱きこみ俯いた。ルイの右腕に気をつけながら、強く強く抱きしめる。
「無事で……よかった……」
「カイトさん、待っ……」
 ぐっとカイトの胸に顔を押し付けられ、心地よい体温に包まれたルイは、慌てて離れようと抵抗した手を止め大人しく腕の中に納まった。
 ふわりと甘い、落ち着く匂いが鼻腔を擽り、ルイは心地よさに目を細める。
 しかし、その状態で暫く過ごしていたルイの耳に、不意に何かのまじないが聞こえて、ルイは身体を強張らせた。
 どくどくとカイトに触れている部分から、身体に力が流れ込んでくるのがわかる。
「カイトさん、やめて! カイトさんだって魔力を吸われて……っ!」
「私の魔力はあれ位なら底を付いたりしません。確かに多少持ってかれた上に石を抑えられて多少なりダメージはありましたが、回復しました。これでも騎士隊長ですよ?」
 魔力を殆ど使い切り疲労が激しいルイに、自らの魔力を注ぎ出したカイトはしかし、何かに堪えるように唇を噛んでいた。
 それを苦痛に耐えているのだとルイは心配し、顔を覗き込んでやめてと呟く。
「私、大丈夫です。カイトさん、辛そうです、お願い」
「……少しだけ、我慢してくださいますか?」
 カイトの声が酷く掠れて聞こえ、ルイは視線をカイトの瞳に映した。
 カイトの海を思わせる青い瞳はゆらりと濡れて揺れ、どこか熱っぽい眼差しでルイを見つめる。
「……がまん?」
「ええ、……お願いします」
 ルイが呆然と呟くと、もう一度何かまじないを呟いたカイトがゆっくりと顔を近づけた。

「ふ、ぅっ、……!」
 暖かく柔らかなものがルイの唇に触れ、思わず口を開いたルイははっきりと身体に熱い魔力が流れ込んでくるのを感じた。
 柔らかく、軽く、それでも重く身体の中に溜まっていく魔力が、じんわりと身体を癒していく。
 それ程わかりやすい身体の変化だったがしかし、ルイの神経は一点に集中したまま目を見開いていた。
 甘く、熱く、柔らかく

 唇に触れるそれは、優しくルイの下唇を啄ばんだ。

「……すみませんでした」

 ルイにとっては永遠とも思える時間、ただしかしほんの数秒の時が過ぎた時、カイトがそっと離れてルイの瞳を見つめる。
「……あなたがいなくなってしまうかと思った時、身体が冷え切りました。冷たくて息が出来なくて……苦しかった。……ルイさん、私を大切だと言ってくださったのは、本当ですか?」
 カイトの指が呆然と固まるルイの髪を梳る。その甘い痺れにルイは視線を動かした。カイトの指は少し震えている。

「ルイさん、あなたが無事で、本当によかった……私は……私も、あなたが大切なんです」
 その言葉がルイの胸にじわりと、ゆっくりと広がる。ルイはふにゃりと顔を歪めて、甘えたようにカイトの名を紡ぎ、一粒涙を零した。
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