たった、ひとこと

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  第二章・契約と魔法―9  

 騎士団本部へと足を運びながら、カイトは頭を悩ませていた。もちろん悩んでいるのは、ルイの事。それと、もう一つ。

――神子様の身体は問題なく、我々と同じ時を刻んでいます。……ただ……

(彼女の熱の原因は、彼女の身体が彼女自身を攻撃しているから、ですか……)

 医師の診断結果に、疑問を覚えるしかない。自分自身を攻撃するとは、いったいなんなのだ、と。

「神子様は自分を否定されておられるのかもしれません。精神面が身体に影響を及ぼして、身体が内部から攻撃しているのではないでしょうか。炎症が、微熱を下げていないようです」
「否定? 身体が自分を拒絶するまで、ですか?」
「わかりません。外部からであれば、闇の民が好む呪いの類かという考えもあったのですが……そういった点は見られませんし、微熱の原因は精神面ではないか、と……」
 言いにくそうに視線をさ迷わせる初老の医師の言葉を思い出し、再度カイトはため息を吐いた。
 彼女は何も言わない。ただ、元の世界で何かあったのだろうという事は察しがついた。……わかっているのは、それだけだ。
 何とかしたくても、下手に思い出させて彼女を苦しめるのでは、という思いが邪魔して踏み込めない。

(……相当、ですね。私も)
 もう一つの悩みは、それだ。ルイにどうやら特別な感情を持っているらしい、と気がついてからは、仕事で少しでも屋敷を離れると不安で仕方がなくなっている事にカイトは頭を抱える。
 女性経験がないわけではない。兄程ではないが。しかし、こうして相手から離れられない事や、相手が頭から離れないという事はなかった。だからこそ、その感情が異常なものに感じる。
 心なしか頭痛がするような頭を押さえながら騎士団本部へと足を踏み入れたカイトの前方から、カイトを確認した若い騎士がバタバタと駆け寄ってきた。
「何事ですか。騎士たる者、常に冷静を心がけなさい」
「も、申し訳ありません隊長! あの、隊長にお客様で……」
「……私に? 今日の予定ではありませんよね?」
「それが、ここ数日何度も押しかけてきている奴でして。正規な手続きも無しに無礼な事ばかり言い出すので、いたずらかと相手にしていなかったのですが……今日はちょっと手こずっているみたいで」
「無礼な事とは?」
「いえ、えっと……」

 その時どこかの部屋の扉が強く開かれる音が派手に聞こえて、カイトは眉を潜めた。騎士団内でこういった事があるのは珍しい。騎士団の下で働く下級兵士達の施設ではよくある事だが。
「だから! 噂の騎士団長に合わせろっつーの! 最近ずっと女といる奴だし、暇なんだろ!」
「団長はお忙しい身です。申し訳ありませんが、お引取り下さい」
 わぁわぁと騒ぐ男の声と、冷静に対処する男の声が廊下に響いた。
 騒いでいる男は知らないが、もう一人の男の声にカイトは驚いた。
「デュオが帰って来ているのですね」
「すみません。騒がしくしてしまって、二日早く戻られた副隊長が丁度対応に当たっています」
 とたんに、カイトはほっとした表情になる。声のする方に歩き出したカイトに、部下が慌てると、「私が対応します」と笑顔で言って立ち去った。

「会わせろーっ! つーか駄目なら騎士団長じゃなくてもいいから、あの女に会わせろーっ!」
「騒がしいですね。何事です」
「……カイト! 何で来たんだ」
 カイトが姿を見せると、あからさまに一人の男が目を覆ってため息をついた。カイトと同じ服に身を包み、長い髪をそのまま下ろしている。眼鏡をかけ、背の高い男だ。
 その前で、「あっ」と大きな声を上げ、隣の男と比べると背が低く、生意気そうな口を大きく開いて少年がカイトを指差す。
「いたー! 何回追い返されたと思ってんだてめぇ! 人を害虫みたいに扱いやがって」
「……失礼ですが、私はまったくあなたの訪問を知りませんでした。何のようです?」
「女だよ女! あんたと一緒にいた女、あいつに会わせろ」
(ルイさん……? なぜ、この少年が)
 眉を寄せたカイトの横で、再度ため息をついた騎士服の長身の男が「無礼者」と騒ぐ少年の襟を掴み後ろに強く引く。
「……ああ、デュオ、構いません。……それで? 何故あなたが彼女を探しているんでしょう?」
 顔を顰めたデュオと呼ばれた青年は、ぐっと乱暴に手を離す。それを目で追いながら、カイトはにこりと微笑んだ。その笑顔の背後にぞくりとするものを感じて、デュオはカイトが既に大分怒りを溜め込んでいる事を悟り、その日何度目かのため息をついた。
 そんな様子をものともせず、騒がしい少年は胸をはり、それは得意そうに口を開く。
「オレあいつに惚れた! お前の女かどうか知らねーけど、会わせろよ!」

「……はぁ?」
 しばしの沈黙の後、思わず、カイトとデュオの言葉が被る。何を言っているのだ、とその少年を見下ろすものの、まっすぐにカイトを見返しているその目は本気そのものだ。
「…………残念ですが、そんな理由で会わせられません。お引取りを」
「おい待てずるいだろ、戦う前からオレに恐れをなしてんのか!? なんだ、自信ないんだろう。ってことは恋人じゃないんだな?」
 ふふん、と片方の口の端を上げて笑う少年に、カイトの笑みが怪しく深くなる。ああ、駄目だ。こいつ終わった。なんてデュオが思った頃には、調子に乗った男が更に言葉を続けだす。
「騎士団の女とも思ったんだけど、いないんだよなここには。どっちにしろあんなすごい魔法使うんだし、騎士が守ってんだろ? ならオレに護衛させろよ。オレを騎士団にいれてくれ」
「お断りします」
「なんでだよ。人が下でにモノを頼んでるってんのに」
「どこが下でなのかわかりませんが、弱い人間に守らせるつもりはありません」
 すっぱり言い切るカイトの様子に、デュオは興味深げにそれを見守る。カイトの様子が珍しいものだ、と少しだけ口元に笑みを浮かべて。
「オレの実力を見ないうちから、決め付けんな!」
「なら、お相手してあげましょう。幸い訓練施設もある事ですし、その実力とやらを見せてみては?」
 その言葉に、デュオがさすがに「カイト」と名を呼ぶが、カイトは怪しげな笑みを浮かべたまま手で大丈夫だからと合図して部屋に入り込む。
 その後を追うようにして少年が部屋に入り、デュオが仕方なく後に続いて、すぐだった。

「さぁ、どうぞ?」
「はぁ? 何でもアリか?」
「どうぞ、ご自由に」
 カイトは手ぶらだ。相変わらず笑みを浮かべたままの様子に、対面する男の表情が段々と険しいものになる。
 こんなカイトは珍しい。これは後で話を聞いてやらなければ、とデュオが思ったところで、少年が動いた。
「オレが勝ったら、女オレによこせよ……! 喰らえ、サンダーソードッッ!」
 男が腕を振り上げ、それを振り下ろした瞬間にバチバチと音を立てて、青白い光がまるで剣のように振り下ろされる。その刃先は長く、数メートル先にいたカイトまで伸び……床に届く前に、止まった。
「なっ」
「修行不足ですね。雷を使うとは思いませんでしたが」
「相手が悪いな」
 カイトとデュオの声を聞きながら自分の剣先を見た少年は、目を見開いた。素手で、カイトが刃を止めている。いや、なんらかの魔力で止めているのだろうが、指先がその刃を掴み、そして男の雷を吸い取るように手に纏わせ始めた。
「オレの剣が……!」
「私は雷を自在に操れますから……すみません、これ、頂きますね」
 カイトがそういったかと思うと、男の手からすっと雷が離れていき、カイトの元まで辿りつくと収束して、消えた。
「な、なんで……」
「お前が相手にしているのは、フォレストーン騎士団最強騎士だぞ? 当然だろう」
 デュオの言葉に、顔を正面に向け愕然とした表情のままがっくりと少年が膝をつく。
「きみ、名前は?」
「……ノール」
「ノール。あなたはあの女性が路地に連れ込まれた時あの場にいた。そうですね? あの場に男がいた事は知っています。少女を連れ去った張本人が、ね」
 さっと、ノールと名乗った少年の顔色が変わる。小さく「てめぇ」と声を出したが、掠れて聞き取りにくい声になる。
「この者を捕らえよ!」
 デュオが叫ぶと、バラバラと現れた騎士達が周囲を取り囲み、ノールはあっさりと掴まった。
「くそ……っ! 知っててハメやがったな、きたねぇ!」
 連行されるノールを見ながら、カイトははぁとため息をつきながら、呟く。
「彼女があんな協力な魔法を使ったのはあの路地だけなんですよ。その魔法を見たというのなら……」
「はめたも何も、自分で挑んで負けたんだよな彼は。……で、カイトは何でそんな機嫌悪いわけ?」
 ふっと笑うデュオに、カイトはいつも通りのやわらかい、そして困ったような笑顔を向けた。
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