たった、ひとこと

モドル | モクジ

  第二章・契約と魔法―10  

「成る程ねぇ、それで身体が本調子でない神子様が気になって仕方ないわけだ、カイトは」
「だからデュオが戻るの待ってたんだ。戻ってこないと私の仕事、減りませんからね」
「……親友に仕事押し付ける気だな」
「引き受けてくれるだろう?」
 ふっと笑うカイトの笑みは、どこか幼く楽しそうだった。デュオはその様子をしばらく見ていたものの、はぁ、とため息をつきながら両手を降参だとでも言うように挙げる。
 二人は本棚に囲まれた一室で、机に座り向かい合って書類を手にしながら近況、任務完了の報告を話していた。
「仕方ないな。まぁ、後で紹介してくれるんだろ? カイトの愛しの神子様を」
「……い、としの?」
「違った? そう見えたんだけど」
「……気になってはいる」
「はいはい」
 自覚はしているものの、まだ口に出せないカイトを見ながらくすくすと楽しそうにデュオは笑い、スケジュールを調整しておく、と自分の分とカイトの分の来月のスケジュール表を手に、立ち上がる。
「ノールとかってお子様に妙に本気だったのはやっぱそういった理由で」
「デュオ、俺は別に!」
「俺とか言うの、久しぶりに聞いたぞ騎士団長様? ほら、後はやっといてやるから早く戻れば? 神子様の都合がいい日は連絡してくれ」
「……、わかった」
 何か言いたそうに、ただ顔を少し赤くしたカイトが俯いたのを確認して、デュオは部屋を出る。
「……重症だ」
 困ったように頭を抱え込んだカイトは、深いため息を一つ吐いた。

「カイトさん! お帰りなさい!」
 屋敷に戻り、まずルイの顔を見に寄ったカイトは部屋に訪れるなり笑顔でルイに迎えられて、驚いて入り口で立ち止まってしまった。
「カイトさん?」
「あ、いえ。楽しそうですね、どうかされました?」
 アイラがくすくすと笑うので苦笑しながらカイトがテーブルに目を移すと、カップが二つ。どうやら夕食は終えお茶を楽しんでいたらしい。恐らくアイラとの会話が弾んでいたのだろう。
 ルイはちらりとアイラと視線を合わせた後、ふっと笑って「秘密です」と楽しそうに告げる。
「カイトさんはもうお仕事終わりですか? 今日はこの後は?」
「まぁ、ルイ様ってば。カイト様はお食事がまだなのではありませんか? すぐこちらにお立ち寄りになったのでしょう?」
「ええ、まぁ」
 カイトは曖昧に返事をしながら、ルイのこの態度はこの後も部屋にいてほしいという意味だろうかと考えて、動揺していた。恐らく魔法を教えてほしいとか、外の話を聞かせてほしいとかそういった類ではあるだろうが、素直に嬉しくて、それが顔に出てしまうのがわかって。
「……ええっと、もし良ければ食事を終えた後、こちらにお邪魔しても? 少しお話したい事もありますし」
 食事はどちらかと言えばすぐに取らなくてもいいのだが、一度部屋に戻ってルイに渡す本でも選ぼう、と考えていたカイトがそう言いながら顔を覗き込めば、ルイは少し瞬いた後嬉しそうに微笑んだ。

「カイトさんとお話できるの楽しみにしてます!」

 そんな事を言うものだから、カイトが大急ぎで食事を終えたのは言うまでもないことだ。


 本を数冊携えて再びカイトが部屋に訪れると、言っていた通り嬉しそうに微笑んだルイが出迎える。
 アイラが準備したお茶を口にしながらいつも楽しそうに本を受け取るルイが、今日は本をすぐに脇に置き「お話って?」とカイトの目を覗き込む事すら心が温かくなるのを感じて、カイトはずいぶんと急速に心に変化があるものだと内心の焦りを顔に出さないようにするのが精一杯だ。
「実は、今日予定より早かったのですが、副隊長が任務から戻りまして」
「……! デュオ様がお戻りになられたのですか!?」
 反応したのは、ルイではなくアイラ。嬉しそうに手を組むアイラに「はい」とカイトは頷く。
「そうでした。ルイさん、副隊長ですから、彼にも一度……そうですね、都合がよければ、ここに案内しても?」
「私は出られませんもんね……ご面倒でなければ、ぜひお願いしたいです。ご挨拶したいです。日にちは、いつでも。私にはカイトさんと魔法の練習する以外予定はありませんから」
 ふふ、と楽しそうにルイが微笑む。それを確認したカイトはアイラを呼ぶと、今の事をデュオに伝えてほしい、と言付けた。
「え? 私が行ってもよろしいんです?」
「ええ、あなたが戻るまでルイさんの傍にはいますから、大丈夫ですよ。彼はおそらくまだ本部です。私の伝言を伝えに来たと門番に言って下さい」
 少し嬉しそうに手を胸の前で合わせたアイラは、いそいそと「それでは」と言って部屋を出る。
 それを黙って見つめていたルイは、頬に手を当てて「ふわぁ」と気の抜けた声を出した。
「カイトさん、優しいですね」
「……何のことでしょう? ですが、嬉しいですね」
 微笑みながらカイトはゆっくりと手を伸ばし、額に触れる。いつもの動作なのでルイは特に抵抗することなく、少しの間目を閉じる。
「熱、大丈夫ですよ?」
「ええ、ですが」
 言いながら額に伸ばした指を、するりとそのまま頬に触れさせると、ルイが目を開いて首を傾げた。その表情は不思議そうなもので、カイトはふっと笑って手を離す。
「デュオが戻ってきたので、彼に仕事を任せて……一ヶ月程、ルイさんに付きっ切りで魔法の修行をしようと思っています」
「え? あ、はい。大丈夫なんですか?」
「はい。もともとその予定でしたから。それで、一ヵ月後の様子を見て、各地の加護を受ける為に少し王都を出ることになるかもしれません」
「……強い魔法を使えるように、ですよね。わかりました、頑張ります」
 ルイはぐっと表情を引き締め、手を握り締める。
「急がないと……ですもんね」
「焦る事はありませんよ?」
「でも、この前……い、え。えっと、改めて一ヶ月よろしくお願いします」
 椅子に腰掛けたまま、ぺこりとルイが頭を下げる。……と

「あっつ……!」
「る、ルイさんっ!?」
 がっちゃんと音を立ててテーブルに紅茶を被せ、滴った紅茶に触れてしまい涙目になるルイをあわててカイトが抱き起こす。
 目が合った二人は、それは楽しそうにお腹を抱えて笑いあった。


第二章・終了
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