たった、ひとこと

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  第三章・気高き護りの町―9  

 地の騎士、ラトナはすぐに現れた。
 クォーツ隊から、そして王からの連絡を受けた地の町の主は、光の神子の誕生を祝い、そして最初の訪問の地に選ばれた事に喜び、ダイヤモンド隊に町周囲のいつも以上の警護、そして闇の民の討伐を命じており、ラトナは傍の森まで迎えに上がろうと町を出ていた。
「これは……ひどいな。どういう事なんだ」
 第一声、そうあげざるを得ない状況に、さすがの隊長の中でも歴の長いラトナも、顔を青くした。
 デュオからの救援を請う伝達石の一種である石を受け取り、急ぎ向かった森の出口はひどい有様だった。
 木々はなぎ倒され、結界がなされたその中にいるクォーツ隊の状態はひどい。
 少数だが、精鋭できたはずの栄えあるクォーツ隊の騎士達は、腕を失った若い騎士の治療に付きっ切りになる者、腕に使用人の服装の少女を抱く二番騎士デュオの傍で回復の呪文を唱える者、周囲に守護結界を張る者。動ける者も八方塞、と、ぼろぼろの状況と言っていい。
 そして、血の気を失った顔で震える腕に金の髪の幼い容姿の少女を抱きしめて必死に力を分け与える呪文を唱えるのは、同じ騎士団隊長、そして騎士団長であるクォーツ隊一番騎士のカイト・フォルストレ。
「カイト、変わる。神子を……」
 ラトナが手を伸ばしても、ちらりと視線を向けただけで呪文を紡ぎ続け腕からルイを放そうとしないカイトに、腕の中で青白い顔をして意識を失っているルイを見て、ラトナは顔を歪めた。
「……こちらの失態だ。町とこの距離にそんなレベルの高い闇の民を侍らせていたなんて」
 カイトが答えないとわかっていながら失態だと詫び、ラトナはすばやく自分の隊に指示を出すと、一番酷いであろう負傷を負う若い騎士に近づくと、呼吸が止まっていると気づき急ぎ術をかける治癒士に持っていた聖水と呼ばれる治癒の水を与え、デュオの元へ向かう。
「あっちには聖水を渡した。デュオ副隊長、その娘は?」
「ルイ様の側近、光の術者アイラ・アプロディタ。騎士ではないが守りの術の使い手だ。ルイ様とカイトの周囲に術を張っていたが、戦闘が長期に及び不慣れな術で魔力を使いすぎた」
「……なるほど、その子が今回滞在期間だけ俺らに修行をと頼んでいた守りの術の使い手か。到着が遅れて悪かった。馬車を用意させている。カイトと姫さん、その子を連れて馬車に移動してくれないか? あっちはオレの声を聞いてる場合じゃないようなんでね」
「すまない。それと……」
「ああ、悪いが馬車は二台、他の騎士には引き続き馬で移動してもらうぞ。もう一つの馬車はあの重症患者とこっちの救護隊の騎士に同乗してもらう」
「ありがたい。若い騎士だ。ルイ様が気にする。なんとかしてもらいたい」
 短い会話の後、すぐに地の騎士達によりシャルが馬車に運ばれ、もう一つの馬車にはアイラとデュオ、そして腕にルイを抱いて離さないカイトが乗り込む。
 ラトナは小さく舌打ちした。この町と近い森に、高位の闇の民が三体、そして人型が一体。ありえない話だった。
 人型なんて、少し前に王都南門に現れた以外は何百年と前の御伽噺の世界の話といってもいい程だ。クォーツ隊に死者が出なかったのは、それこそ彼らが精鋭部隊だったからに他ならない。しかし彼らは、獣の姿の闇の民すら浄化させる事はできなかったという。
 つまり、人型がなんらかの形で獣に力を与えていた可能性が高い。
 馬車の出立に会わせ、ラトナは残った光、地両方の騎士に指示を出すと、馬車を取り囲むような陣形を取り町へと道を走らせた。
 一人怪我をしてはいたが回復が施されないまま任に当たっていたクォーツ隊の女性騎士を自分の馬に乗せ、その騎士から情報を収集しながら地の民の特化した守護結界を張り警戒しながら移動するラトナの表情は、厳しい。
「これは……長への報告が怖いぜ」


 移動速度を上げ、町にたどり着いた一行を迎えた地の民達は驚いた。
 自分達の誇るダイヤモンド隊隊長を筆頭に、馬車が二台、速度を開けて街中を突っ切っていく。しかも隊の中に、金の髪が混じっていて、王都からクォーツ隊がきているのだとそれはすぐにわかり、厳しい表情に眉を顰めた。
「ちっ、街の大通りじゃなくて農村部から入ればよかったか」
「それも目立ちます、ラトナ隊長。仕方ありませんよ。それでは私はここに残って街の混乱を防ぎます」
 ダイヤモンド隊の数人が速度を落とし、街で馬から降りるのを確認して、優秀だと呟いた自分の前に座るクォーツ隊の女騎士にラトナは笑みを浮かべた。
「だろう? 俺直属の部下だからな。まぁ、あんたらもさすがクォーツ隊の精鋭部隊だよ。人の言葉を理解するだけではなく口にする闇の民三体に、噂の域をでなかった人型の闇の民との戦闘。さすがカイトの隊だ」
「隊長はすばらしい方です。ですが、今回は……」
「神子の術にまだ一切触れていない筈の言わば神子見習いの彼女の攻撃呪文、ねぇ。おもしろい。さすが、カイトの心を射止めただけあるね、ルイちゃんは」
「射止めた……」
「だろう?」
 治癒術を殆ど使えないカイトが治癒術士に任せず、自らひたすらに力を分け与える呪文を唱え続け、腕に抱いて離さないその様子は、どんなに疎いものでもカイトの感情に気づいただろう。
 ただ守るべき神子を傷つけられて項垂れた騎士、ではなかった。ひたすらにルイを胸に寄せたカイトの表情にありありと浮かぶ後悔の色。騎士として、上に立つものとして常に仮面を張り付かせていたカイトとは思えぬ表情。
 それを理解しながらも口に出した女性騎士の顔にいくらか寂しそうな表情を読み取ったが、ラトナはそれに対し何も言わずに頷く。
「まぁ、力を分け与える呪文、って事はルイちゃんが気を失ってるのはアイラちゃんとやらと同じで力の使いすぎが理由だろうね。不幸中の幸いだ。また光の神子を失うことはあってはならない」
 ラトナの言葉にいくらかきついものが混じるのは、仕方がない事だ。唯一闇の民を完全に倒す……浄化することができる光の能力者、そして神子はなくてはならない。
「危なかったかもしれません。神子の腕は、傷だらけでした。魔力が暴走してもおかしくなかった。我々の力が及ばぬばかりに」
「まぁ、カイトが動けないのは痛かっただろうね」
「……隊長は、」
「わかっていたんだろうね、ルイちゃんが術を使えるって。だから自分の部下が追い込まれていても神子を腕に抱いたまま動けなかった。結界を張るアイラちゃんに任せることなくルイちゃんの傍にい続けたのは、敵の攻撃だけでなく彼女自身の力の暴走を抑えるためだったんじゃないかな?」
「……我々にもっと力があれば」
 項垂れる女性騎士に、よくやったというようにぽんぽんとラトナは頭に手を乗せ、見えた地の長の屋敷に馬の速度を上げた。


「カイト、もう地の長の屋敷に着くそうだ」
「……ああ」
 ルイを胸に寄せたまま顔を上げず返事を返したカイトに、デュオは唇を噛んだ。護衛の対象である神子を守れぬとは、騎士の恥だと。そして、恋人を守れなかった情けない男だと。
 こちらも、腕の中にアイラを支えデュオは力分配の呪文を呟き続けていて、つい先ほど一旦アイラは目を覚ました。
 視界にルイを捉えて僅かに微笑んだが、すぐにまた目を閉じ今は眠っている。
 その時、ぴくりとカイトの肩が揺れたのを視界に捉え、デュオが顔を上げるとカイトの視線の先でゆっくりとルイがその緑の瞳を覗かせた。
「……! ルイさん!」
「かい、と、さん。……シャルさん、は? アイラさん、は?」
「シャルは治療を受けています。アイラは先ほど目を覚ましました。大丈夫ですよ、ルイさん」
「……よかった」
 小さく呟いた後、ルイはそのままゆっくりと瞳を閉じた。
 眠ってしまったのか、とも思ったのだが、彼女の手はゆっくりと動き、カイトの胸元あたりの服を握り締めると、ほっと息を吐いて……次の瞬間には、泣いていた。
「私何もできなかった……! 狙われたのは、私だった、ごめんなさい、ごめんなさいっ」
 ぐすぐすと泣いてカイトの肩口に顔を埋めた彼女に、驚いて口を開きかけたデュオは、カイトに静かに制された。
 彼女は術を使った事は知らない。そう口を動かされ、最後にカイトの指は人差し指を一本立てられて口元に持っていかれ、デュオが確認したのを見届けてその手はルイの頭に添えられ、ゆっくりと彼女の髪を梳き始める。

 動きを止めた馬車の周囲に、ばたばたと人の気配が集まり、内部に到着を告げた。

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