たった、ひとこと

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  第三章・気高き護りの町―3  

「着替えは買いましたし、武器も買いましたし、食材は屋敷の者が用意しますし……」
 アイラが次々と読み上げるリストは、買い終わったものばかり。時刻はまだ日が沈むには早い時間。
 前回のように実際はいなかったカイトの彼女に気を使う事もなく二人と買い物を楽しんだルイは、体調もいいのか楽しそうにリストを眺めている。
「旅に必要な物は買い終わりましたわ。……カイト様、ルイ様に自由時間を差し上げたら如何です?」
 そして少しカイトに近寄り、ルイには聞こえない小さな声で「デートでも」とそれは楽しげに囁けば、かぁっとカイトの耳が赤くなる。
「アイラ……っ! いいです。そうさせて頂きますっ!」
「カイトさん?」
「ルイさん、行きましょう」
 ぐい、とルイの手を引き、アイラはどうぞ先に戻ってください、とカイトがそっぽを向いた。
(これは面白いですわ)
 くすくすと笑うアイラに見送られて二人は街の喧騒に飲まれていく。


「カイトさん! ちょっと待ってください……っ!」

 ぐいぐいと手を引くカイトに驚いて、されるがまま歩いていたルイだが楽しそうに手を振るアイラが見えなくなったところで我に返る。
 ルイの声が聞こえたカイトはびくりと肩を震わせ立ち止まり、それは申し訳ないといった表情で顔色を変えた。

「す、すみません! 無理やり……っ!」
「いえ、あの、大丈夫なんですけど、……自由時間、なんですよね?」
「……私と一緒、という条件付ですから、完全な自由とは言えませんが……」
「そんな。一人で出歩いても、何があるのかわからないからむしろ嬉しいです」

 ふわり、と微笑む彼女に、カイトはぐっと言葉を飲み込んだ。と、漸く落ち着いたルイがきょろきょろと辺りを見回して、カイトの背後でぴたりとその視線を止めた。
「あの、あれ……」
 彼女が指差す先には、若い女性やカップルが並ぶ、小さな店。
「ああ、クレープ、ですね」
「……くれーぷ」
 ぼそりと呟いたルイは、明らかに目を輝かせその店を見つめる。わかりやすい反応に、カイトはどこかほっとしつつ今度こそゆっくりと、紳士的にルイの手を少し引いた。
「行きましょうか」
「え?」
「クレープ。少し並んでいますけど、きっとおいしいと思いますよ?」
 その言葉で、わぁ、と声を上げてルイは大きく頷いて、いざクレープ屋さんに、と意気込む。
 可愛いな、とカイトの意識がクレープよりもルイにいってしまうのは当然の事で、周囲を気にせず自分がクレープよりも甘い雰囲気を出してしまうことは気づかない。

「いっぱいありますね、えっとえっと、いちご……バナナ……わぁ、カスタード、おいしそう」
 嬉々として並んでいる間何を食べようか選んでいたルイは、しばらく悩んでいたものの順番が自分達の番になっても決まらず慌てたように「えっとえっと」と繰り返して。
「焼きりんごカスタード……いちごチョコ……」
「その二つで悩んでいるんですか?」
「う……ごめんなさい、クレープ大好きで、久しぶりで」
「なら、二つ頼んでしまえばいいんですよ。すみません、お願いします」
 言うなり両方頼んでしまったカイトに、ルイが「え?」と顔を上げる。
「えと、カイトさんは? それに私二つも、食べれないかも」
「でしたら、半分ずつにしましょうか」
 実は私も、甘い物は久しぶりすぎて迷っていたんですよ、とカイトが微笑んで、すぐにルイは顔を真っ赤にした。
(……! な、なんかいまさらだけど、デートみたい……っ)
 そう気づいてしまってからはもうものすごい速さで現状を理解する。
 ふと見れば、後ろに並んでいる女の子グループはそれはきゃぁきゃぁと自分達、そして主にカイトに視線を注いでいるし、その後ろのカップルは女の子が頬を染めていて、男の方はばっちり目が合ってしまう。
 そして、クレープ屋周囲には、明らかにクレープ目当てではない人がちらほらと集まり出していて、それが皆こちらを見ているように見えたのは気のせいではないのではないだろうか。
(……っ、カイトさん、かっこいいから目立ってるんだ!)
 慌ててカイトを見上げれば、クレープに目を向けていたカイトが視線に気づいたのかルイに顔を向け、どうしました、とにこりと微笑んだ。
 きゃー、なんて後ろから声が聞こえた気がする。しかし、カイトはその声を気にした様子もなくルイに笑顔を向けたままにこにこともう少しでできそうですよ、とか話しているし、気づいてないのだろうか。

 慌ててクレープ屋に目を向けると、頬を染めた店員がクレープを包み終わったところで。気づいたカイトが料金を払い、それを二つ受け取って呆然としているルイを促した。
「行きましょうか、ルイさん」
「ふぇ! は、はい、えっと」
「どちらから食べますか?」
 微笑むカイトはクレープ持ってても絵になるのか、なんて混乱する頭で考えて、なんとなしに目に入ったショーウインドウに映る自分が湯気が出るほど顔が赤いことに気づいて、慌ててカイトの袖口を引っ張る。
「と、とりあえずここ、離れましょう!?」

 急に慌てて歩き出すルイに首を傾げながら引かれるがまま歩くカイトは、ああ、と漸く現状を理解した。
 人が多い。それも、こちらを見ていた数人と目が合って。
(目立ってしまいましたか。……ああ、それで)
 顔が赤いルイは、おそらくこの状況に驚いたのだろうと納得して、カイトは少し考えた後こちらへ、とルイを反対方向へ案内した。
 少し歩けばそこは、木々に囲まれた穏やかな空間へと繋がる。
「……公園」
「はい、ここならゆっくりできるでしょう?」
 ベンチの傍まで歩き、どうぞ、とカイトがクレープのひとつをルイに手渡した。
「焼きりんご。おいしいです!」
「それは、よかった。すみません、注目を、浴びてしまったみたいで」
「……あれ? 気づいてたんですか?」
「ルイさんが慌てた辺りで。騎士団の隊長は、やはり顔が知られていますから」
 カイトが苦笑して、すみません、ともう一度言ったところで、ルイは呆然とその高い位置にある顔を見上げた。
「……隊長? んー、えと、それもあるかもしれませんけど」
「え?」
「カイトさんがかっこいいからきっと目立っちゃったんですよ。うーん、私かなりいい思いしたのかも?」
 もふ、とクレープを口に入れながらそんな事を話したルイは、目を見開いて「え」を繰り返すカイトににっこりと笑みを向けた。

「クレープ、おいしいですね! 食べ終わったら、もう少し買い物したいです。デートみたい!」
 半分こ、といってお互いのクレープを交換する頃には、カイトは真っ赤な顔を必死に隠すように口元を手で覆っていたためクレープが進んでおらず
「あれ、カイトさん、はい」
 あーん、と、まさかのルイの行動に、クレープの生クリームが溶ける勢いで顔に熱が上った。
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