たった、ひとこと

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  第三章・気高き護りの町―13  

 朝食を終えたルイたちが大きな屋敷内の医務室に行くと、傍にいる騎士達が一斉に敬礼した。
 中に入れば怪我をした騎士……シャルがベッドに寝かされ、しかし背にクッションを詰め込み身体は起こし、横にいるラトナと会話をしているところだった。
「シャルさん!」
 姿を見た瞬間飛び出したルイはしっかりと目を開き、落とされたはずの腕を上げて返事をしてくれた彼のその手を握りよかったと笑った。
 そこで、握った手が暖かいものの、違和感に気づく。ぴくんと一度はねたものの、指は動いてはいないようだ。
「あ……」
「ルイ様、ご心配をおかけ致しました。僕はもう大丈夫です」
 にこりと笑うシャルは、まだ顔色はぱっとしないものの意識もしっかりしているようだ。腕を切り落とされ、一時は呼吸すらしなかったと聞いていたから、ルイはその様子に改めて魔法の凄さ、そして水の神子の凄さに驚かされる。
 ただ、握った手は酷く熱かった。熱を持っているようだ。
「あの、シャルさん。すみませんでした。私が……」
 いたから、と続けようとしたルイはそのままその言葉を飲み込んだ。言ってはいけない気がした。ゆっくり首を振って、俯く。
 しばらくの後、小さく「守って下さり、ありがとうございました」、とルイは呟くように言った。

 それは、カイトを酷く驚かせた。今のルイの行動は、自分を否定し続けるルイの普段の言葉とは思えない言葉に聞こえたのだ。
 いつもの彼女なら、自分なんて守らなくても、と考えていた筈なのだ。カイトは、頬が緩んでいくのを感じた。さまざまな要因があったとしても、ルイを少しでも変えたことに自分が関わっていたのだとしたら、それはとても嬉しいことだ。
 カイトはそっとルイの傍にいき、その背を眺めた後、シャルに向き直った。
「シャル。まだ熱があるのでしょう」
「すみません、隊長。今朝は……」
「いいえ。私も部下を守れず情けない事です」
「何をおっしゃるんですか。隊長が守るべきは神子様。当然です」
 その会話を聞きながら、カイトが朝もここにきていたのだとルイは気づく。とすれば、朝起きるまでは自分と一緒にいた筈だからルイが仕度をしている間で、やはりカイトは部下思いで……と考えたあたりで、ルイは瞬時に顔を赤くした。
(朝起きるまで一緒……って……)
 取り乱した自分に対してカイトはどこまでも優しかった、と思い出す。自分はシャルが苦しんでいた時に何を、と思い後悔しつつ、思い出した出来事は頭を支配しルイの顔を火照らせる。
「ルイ様? どうされました?」
 そばにいたアイラが不思議そうに声をかけた事でルイはぱっと手を離した。握っていたシャルの手を。
 ぽすんとベッドに下ろされた手に慌てながらも、真っ赤になったルイを見てシャルまで顔を赤くし、カイトはそれを見て目を見開く。アイラとデュオはああ、と頭を抱え、傍観を決め込んでいたラトナは奥でにやりと笑った。
「な、なんでもないんです。ごめんなさい、シャルさん」
 立ち上がり、アイラの後ろに隠れるように小さくなったルイは、それでも失礼のないようにシャルを見ていたものの赤い顔を隠しきれずおどおどとしていた。
 打ちのめされたようなカイトはそれでもひきつった笑顔をなんとか張り続けていた。


 午後になると昼食を終えたルイは緊張を顔に張り付かせ、どきどきと大きな扉の前にいた。
 カイトはどこか落ち込んでいる風ではあるが、なんとかその横に立っている。デュオは時間がたつにつれて面白くなってきたのか、忍び笑いをし、アイラは男二人の様子にどこか呆れているようだった。
「……ルイさん、緊張しなくても、長のナギ様も神子のラン様もお優しい方ですから、大丈夫ですよ」
「うぁ、はい、大丈夫です!」
 カイトに促され、地の騎士がノックをし開いた扉にカイトに続きルイは恐る恐る足を踏み入れた。
「おお、フォルストレ殿、アオイ殿、お待ちしていた。どうぞ、こちらへ」
 部屋へ入ると、昨日馬車を降りた時に見た自分の父より年上と思われる男性がいた。しかし今日は口元を布で覆っておらず、強い眼差しはそのままだがひげが口元を覆いその唇は優しそうに弧を描いている。
 そして横には、これまたカイトの母親リルを思いださせるような優しそうな女性。茶色の髪には白髪が混じり、柔らかい緑色の服に身を包みおっとりと長の横で胸の前に手を当てルイを見ると頭を下げた。
 視線を少しだけ移動させると、部屋には他に数人の地の騎士、見覚えのある光の騎士、ラトナも控えていた。
「まずは、昨日の件について謝罪申し上げたい」
「いえ、長、それは……」
「フォルストレ殿。我々は、待ち望んだ光の神子の到着、万全の体制でお迎えする為に元より騎士の数を増やしていた。その上で闇の民を侍らせていたのは、我々の失態なのだ」
 さっと、幾人かの地の騎士が頭垂れるのが見えた。
 ルイの中では、狙われたのは自分で、最近現れたばかりだと聞かされる人型の闇の民。仕方ないどころか、むしろ自分が悪いのではと思うのだが、どうにも自分の立場を考えると言えなかった。
 昨日から気になっていたのだが、長は光の神子ルイ、そしてルイだけではなくどうやらカイトにも、同等……もしくは、言葉自体はそうではないものの目上の者に対するような姿勢をとる。
 長なのだから騎士はむしろ部下に入るのではないかと思っていたのだが、カイトの立場は違うのだろうか。そして、自分も……とルイが考えつつ顔を上げると、目が合ったのは微笑む女性。
「紹介が遅くなりました、光の神子。これが、我が民の神子でございます」
 視線に気づいた長が口を開き、女性がゆっくりと頭を下げる。
「アオイ様、地の神子ランと申します」
 自分の母親、もしくは祖母に近い年齢の女性に頭を下げられ、ルイは慌てどうしようかと視線を彷徨わせ、恐る恐る同じように頭を下げる。
「ルイ・アオイと申します。どうぞよろしくお願い致します」
 それを見て微笑むランに、ルイはどこか困ったような笑みを返した。

 長と神子との挨拶を終えた後、テーブルを挟み向かい合って椅子に座り、お茶が振舞われた。初めは旅の……主に昨日の戦闘についての詳しい報告だった。ただ、どうやって倒したか、の部分だけは、わかっていると言わんばかりに長が追求する事無く終え、ルイはそれを聞きながら首を傾げる。
 そして話の結論は、ルイがここを出る時……王都に戻る時も危険を伴う旅になるという事だった。元より、馬車では敵に晒される時間が長くなるという事で馬での移動を選んだのに、それでもあれほどの戦闘になってしまったのだから、護衛の騎士達は頭を悩ませていた。
「して、フォルストレ殿。滞在予定は二週間程との事だったが、それはどこまで延長できようか」
「延長、ですか。王の考えでは、年を越す際は王都にいてもらいたいとの事でしたが」
「やはりそうか。年越しは大事な行事もあるからの……つまりそこで?」
「ええ、神子の存在を、年明け同時に」
 そこで初めてその話を聞いたルイは少しだけ息を呑んだ。様子に気づいたカイトは優しく微笑みルイを見た後、それが、と長に向き直る。
「いや。実はな、今こちらに水の街の神子が訪れているのは聞いているとは思うのだが」
「ええ、我が隊の者にその尊きお力を」
「助かってよかったと思っている。それで、神子が戻る時……共に水の街に訪れてはどうかと思ってな。それなら護衛の数も多く、また王都から水の街へ向かうより、地の街からのほうが近い」
「……そうですね……次の予定地は風の予定でしたが。王に連絡を取ります」
 どうやら王都に戻らず、続けて水の街へと移動する事になりそうだと会話で察して、ルイは緊張で手を握る。
 実はルイは、加護を受けるという事が、一体どういった事をすればいいのか知らなかった。
 一般にカイトや騎士達が加護を受けるのと、神子が加護を受けるのでは何かが違うらしい。そして、今光の神子は数年おらず、ルイが尋ねても答えてくれる人物はいなかったのだ。騎士達は、地の加護を受けるために一週間神殿に通い詰め祈りを捧げるそうなのだが。
 カイトやデュオ、長達が難しい話をする間、ルイはただ内容を理解しようとはするものの緊張に顔を強張らせたまま。

 漸くルイの加護を受ける日取りの話になったのは、かれこれこの部屋に到着してから一時間もしてからだった。


「えっと、つまり……神殿に行かないとわからないと」
「申し訳ございません。神子の儀式に関しては、これ以上は申し上げられません」
 先に体験しているであろうランの言葉は、こうだ。神子が神殿の最奥の部屋で祈りを捧げる。期間は、わからない……と、これだけ。
 他にも何か知っている素振りはあるのだが、それを言おうとはしない。そして日取りは、水の街へ移動する可能性を考え二日後にでも、と早急だ。
 そして、アイラは途中で席を外した。何でも、ルイが無事にダイヤモンドの魔力石を授かるまでの間、守護の力に長けたアイラはここで修行をするらしい。それが短い期間になりそうなのがなんとももったいないが、さっそくその為に数人の地の騎士と姿を消したのだ。

 会議のような話し合いを終え、席を立ったルイはカイトに続き部屋を出ようとした時、ランに呼び止められる。近づいて小声で彼女がルイに伝えたのは、二日後の事だった。
「神子。神殿へは、神子が一番大切な方を一人、最奥までお連れ下さい」
 そういって微笑むランに、ルイは頭を下げわかりましたと頷くが、それはルイがいざ神殿を目の前にするまで頭を悩ませる原因となった。
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