たった、ひとこと

ススム | モクジ

  第三章・気高き護りの町―1  

 朝の冷たい風が肌に心地よく、自然と足取りが軽くなりまるで跳ねるように広い道を進む。
 空は青く、朝は寒いけれど日中は少し暖かいかもしれない、と考えてルイがつい微笑めば、嬉しそうにアイラはその様子を眺めた。
 四週間以上結界の練習を続けたルイは見事結界を習得し、こうしてアイラかカイトが傍にいる時は、騎士団本部までの外出が許された。
 やはり部屋の中に閉じこもる生活が辛かったのか、それからは頻繁に二人のどちらかと騎士団と屋敷への往復を繰り返している。

「ルイ様、あまり急がれては、転んでしまいますよ?」
「アイラさんだって、部屋を出る前は早くしないとデュオさんに会えないからーって急いでたじゃないですか」
「る、ルイ様!」
 くすくすと笑い合う二人が目的地である騎士団本部の大きな門の前にたどり着けば、門の前で硬い鎧を着込んだ兵がほんの少し頬を染め、隊長の客人とわかってか恭しく中へと通してくれる。
「騎士さん、カイトさんはどこにいるか知ってますか?」
「隊長でしたら、デュオ様と朝の稽古をされているそうです。ご案内しましょうか?」
 ルイが話しかければ、一人が案内を、と微笑んでくれる。それに素直にお礼を言って、ルイとアイラは「やったぁ」と手を握りあった。



「余所見しているとやられるぞ?」
 キン、と冷たい音が響いて、剣が持ち主の手を離れ空を舞う。カイトが唇をかみ締め慌てて後ろに大きく跳ぶのと、「ひゃ」と女の声が後ろから聞こえたのはほぼ同時だった。
「ご、ごめんなさいカイトさんっ! 急に来ちゃったから、お邪魔しちゃいました……!」
 ガランと剣が落ちたのを見て、ルイが慌ててカイトの傍に駆け寄れば、カイトは少し気まずそうに苦笑してルイの頭を撫でた。
「ルイさんのせいではありませんよ」
「そうそう。稽古中にルイさんが来たからって余所見したこいつが悪いの」
「いけませんわ、カイト様。それでは道中ルイ様の護衛が務まりませんもの!」
 騎士にカイトとデュオが稽古をしている部屋に案内してもらったルイとアイラは、剣を合わせる二人の身のこなしに感動して手を組みながらその様子を見つめていた。その時、つい「わぁ、カイトさんすごい……!」と言葉を漏らしたルイの声で、カイトが一瞬集中力を欠いてしまった。それが剣が宙を舞う原因だ。
「まったくです。日も近いというのに」
 はぁ、とため息をつくカイトに、それを見ておろおろするルイを見て、デュオとアイラは顔を見合わせて笑った。
 えっと、と視線をさ迷わせたルイは、床に転がった剣を手にとってカイトに慌てたように渡す。
「カイトさんって、魔法の剣以外も使うんですね」
 普段カイトは何もないところから、雷を剣のように取り出して振るう。それを覚えていたルイが、疑問を口にした。
「え? ああ、普段は物理は短剣だけなんですが、練習では長剣も使いますよ。実践は殆ど魔力剣ですけれど」
「カイトは攻撃魔法のスペシャリストだからな。でもまぁ、結界の外で何があっても大事なルイさんを守れるようにって久々に本物の剣で稽古を――」
「デュオ! いい加減からかうのはやめて下さい」
 顔を赤くしたカイトに、デュオは満足気に笑いながら頷くとアイラの手を取った。
「じゃあ今日もルイさんの稽古は頼んだぞ。お前の仕事の手伝いにアイラは借りていく」
「……はぁ。アイラの屋敷の仕事に差し障りのない程度でお願いしますよ」

 ひらひらと嬉しそうに手を振るアイラとデュオが稽古部屋から出て行くのを、同じようににこにことルイが見送る様子をちらりと少し赤い顔のままカイトが覗き見れば、それに気づいたルイが「大丈夫ですか?」とカイトの頬に手を伸ばす。
「二人の稽古、凄かったです。一人で昨日教わった魔法の練習できますから、少し休んでいてください」
 赤く上気した頬は、激しい稽古のせいだろうと判断したルイがそういえば、カイトは内心の動揺を悟られないように一瞬俯き、すぐに大丈夫ですよ、と微笑み、ルイの手を引いた。


「仲いいですね、デュオさんとカイトさん」
 魔法の練習の合間、カイトの横に腰を下ろしたルイが楽しそうにそう言えば、カイトは剣の手入れを終え「ええ」と微笑みながらルイを見る。
「幼馴染ですし……仲はいいですね。隊長に就任してからは私一人じゃ不安だから、と自力で副隊長まで上り詰めた男ですよ」
 支えてくれて嬉しいのやら「不安だから」って理由で複雑やら、難しいです、とカイトは笑うが、他人の前ではきっちり「隊長」とカイトを呼ぶデュオが、親しい人間といる時だけ「カイト」と呼ぶ関係が羨ましくて、ルイは笑みを返す。
「そういえば、どうなりました? 王都を出る時の」
 思い出したようにルイがカイトを覗き込めば、カイトはすみません、と頭を下げる。
 結界魔法を覚え、その他の魔法も徐々に使えるようになってきたルイは、他の四つの街へ加護を受けに行く事が決まっていた。
 最初に訪ねる場所も決まったのだが、問題はルイと共に行く護衛の人数。
 あまり大勢で行き過ぎても目立つ上に、王都は闇の民に侵入されたばかりであまり神子の護衛に割くことはできないという意見と、少数でやっと現れた光の神子に万が一があってはいけないという意見で、行政機関である貴族の間で対立があるとルイが聞かされたのはつい数日前の事だった。
「まだ……前回王都に進入した闇の民がたまたまあなたを狙ったのか、故意に狙ったのかはわかりませんが……光の民は能力者が少ない。大勢で移動し目立つと王都がもぬけの殻だと言っているようなものですから、他の民に協力を仰ごうかという話も出ているのですが」
「でも、カイトさんが一緒に来てくれるのは決まってるんですよね? 私、カイトさんがいてくれれば」
「そ、それは嬉しいお言葉なんですけれど、いけません。あなたに何かあっては私は耐えられませんから」
 その言葉にルイは肩を落とし、首を傾げた。
 ルイは自分がカイトやアイラ、周りの人間が丁重に扱ってくれる事に感謝し、くすぐったい気持ちではあるものの精一杯それに答えたいと思っていた。
 その中で気づいたのは、大切にされているものの神子は騎士団所属になるという事。たしかに特別な魔法を使える事から各町神子は厳重な護りの中で生活しているらしいが、騎士なのだ。
 騎士のその剣(つるぎ)は街を守るもの。民を護る事を最優先すべき、と本で学び、騎士の見本ともいえるカイトとデュオを見て生活するルイは尚更、自分の護衛より街を優先してほしいと願う。
 そしてルイの中ではカイトは本当に頼りになる憧れの人物として確立していた。本人は謙遜するもののそれだけの実力、一番騎士というのは伊達ではない。そしてルイの心のほんの少しの甘えで思う、兄のようなカイト。こんな暖かな気持ちになれる存在は初めてで、傍にいてくれれば私頑張れるのに、と考えたルイが口をつい、滑らせる。
「……私はカイトさんがいてくれたら、いいんだけどなぁ……」

「おお、熱い告白だねぇ」
「ルイ様、感動しましたわ……!」
「あれ、デュオさん、アイラさん」
 ぴたりと固まったカイトの後ろから、ひょっこりと二人が顔を覗かせる。その口元は揃ってにやにやと歪まれているが、ルイは元気よく立ち上がり仲の良いアイラの傍に「お疲れ様です」と駆け寄った。
「ルイ様、私だってルイ様と一緒に他の町に参りますから! 悔しいですわ、カイト様ばっかり」
「わ、嬉しいです! じゃあアイラさんともお出かけできるんですか?」
「カイトと同様、アイラも一緒に行くのはほぼ決定していた筈ですよ」
 そういいながら固まってしまったカイトをつつくデュオは至極楽しそうにしている。
 カイトはつつかれるがまま、未だ呆然とルイを見つめていて、時折口を開けては閉じるを繰り返して、しばらくしてから漸く気づいたルイが「カイトさん?」と顔を覗き込めば、「うわ!」と小さな悲鳴と共に仰け反った。
「ぶっ! わっはははは! カイト、おもしろすぎるだろそれ!!」
「か、カイト様……っ! さ、さすがにそ、それは……っ」
 腹を抱えて大笑いのデュオに、ふるふると肩を震わせるアイラ。
 真っ赤な顔を手で覆って俯くカイトに、よくわからないが楽しそうなので首を傾げつつもその様子に微笑むルイ。

 それはルイにとって、初めての本当に楽しい時間

 二週間後、彼女は気高き護りの街テルスへと向かうことが決定した。
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