たった、ひとこと

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  第二章・契約と魔法―6  

「わぁ、やっぱり、いろんな町の人がいっぱいいる」

 町に出て少し歩いた先で、ルイはアイラの隣でそう呟いた。
「そうですわね、王都にはやはり、たくさんの人が集まりますから」
 見回せば、多いのはやはり金の髪なのだろうが、水色や、桃色等、ルイには珍しい髪色をした人が数多くいる。
 やはりイオ達に会った時に思った通り、どの町の民かは髪の色を見れば大抵はわかるそうだ。
 そしてそれよりやはり目を引くのは、通りに並んだお店の数だ。
 服を飾る店、色とりどりの果物を置いている店、中にはまるで茶屋のように店先でお茶を味わっている人がいる建物など……それぞれの店先で買い物を楽しむ人達に釣られて、ルイもきょろきょろと視線を動かしていた。
 ただ、カイトの傍にいては彼女に悪いのでは、という考えはそのままで、常にアイラの隣からルイは動かない。

「何かほしいものはございますの?」
「え? うーん、いろいろ用意してもらっちゃってるから、特には……」
 考え込むように頬に手を当てて俯いたルイを見ながら、アイラとカイトは顔を合わせて微笑んだ。
 ルイは確かに楽しそうにしているから。満面の笑顔、とはいかないが、人を、店を見るルイの表情は嬉しそうだ。
「でしたらやっぱり、服を見に行きましょう! あと、アクセサリーとか下着とか!」
「え、え?」
「用意された物はカイト様が選んで届けてくれた服以外少ししかありませんもの。そうしましょうルイ様」
 笑うアイラの手には、いつのまにか買い物リストと書かれた用紙がある。
 そのまま手を引かれ街を歩くルイとアイラの後ろを、周囲に注意しながらついて歩くカイトは、どこか少し寂しそうに微笑んでいるのだが、前を歩く二人にはわからない事だった。


「ふぅ、私まで買いこんでしまいましたわ」
 一件目に立ち寄った服屋で、数着自分用の服を買い込んだアイラは満足そうに頷いている。
 ルイはといえば、勧められるがままに買ってしまった服を、カイトが「持ちますから」と取り上げてしまった事にただ申し訳ないと俯く。カイトは荷物もちではないのに、と。
「これくらい構いませんから」
 さぁ次のお店へ、とカイトに促されアイラに手を引かれて店の扉を潜るが、カイトは隣の店の壁に背を預け入る様子がない為、ルイは困ったようにアイラを見た。
 と、ふふ、と笑ったアイラが指差したそれを見て、納得する。女性物の下着を取り扱っている店だ。
 道理でカイトが中に入らない筈だ、とルイがきょろきょろしていると、アイラはどんどん奥へ入って行き、これなんてどうですか、とピンク色に黒いレースが施された、可愛いけれどもルイが顔を真っ赤にしてしまうものをルイの身体に重ねる。
「ルイ様は意外と胸、大きいですからね。これくらい色っぽい感じで、カイト様に……」

「……え、へ? カイト、さん?」
 一瞬うまく言葉を飲み込む事ができず、「色っぽく……?」と呟いたルイは、すぐに首から上を真っ赤に染め上げる。
「ななな、何、何言ってるんですかアイラさん……っ」
「これと、これもどうです? あーでもやっぱり、カイト様は純白や薄いパステルカラーの方がいいかしら」
「いや、えっと、カイトさんに見せる前提ってどういう選び方……!」
「まぁ! いつ何があってもいいように、お洒落は下着からですわ。ああ、やっぱり淡い色の方がいいかもしれませんね、こちらはいかがです?」
 真っ赤になったままのルイの目の前に出されたのは、確かに先の物に比べたら落ち着いた色合いの物で。淡い色に、白いレースが確かに可愛らしい。
「うう、えっと……か、買うなら、そっちの方がいいんですけど」
 そうですか? と笑顔でいろいろ選び出すアイラに、これ以上いたら大変なことになりそうだと考えたルイは、サイズだけ確認して数点選んですぐに外で待つ、と出口に走った。
(黒とか紫とか……! 着けた事ないものばっかり……っ)
 顔が恐らく赤いだろうから、ぱたぱたと手で仰ぎながら慌てて外に出る。
 カイトが少し離れた所に見えて、とりあえず一人はまずいのかもしれない、とそちらに向かおうとルイは一歩足を踏み出す。
「カイトさ……」

 しかしルイはそのまま腹部に強い力を加えられ、悲鳴を喉に押し込んだ。
 くるりと視界が反転して、一瞬綺麗な青い空が見えたかと思うと、急に真っ暗な影に覆われる。
 口が塞がれて、くぐもった声しか出ない。両手が後ろで固定され、強く引かれるがまま後ろ向きでずるずると暗い道を後退する。
 明るく、人が行きかう先ほどまで歩いていた筈の通りが、どんどん遠く離れていく。両脇は、黒い壁だけ。一瞬何が起きたのかと目を見開いたルイは、辛うじて視界に自分の後ろから腹に回された腕を捉えて、ぞくりと背に走る何かをやり過ごすこともできず、ああ、誰かに捕まった……? と上手く働かない頭で考えた。
「そうだ、大人しくしてろよ?」
 低く、嘲るような笑みを含む声が自分の頭の上から聞こえる。
(男の、人……!? う、うそ、どうしようっ)
 腕力がない自信はある。口は塞がれ声は出せない。……逃げ出せない、という結論に至ったルイは、眉を寄せ唇をかみ締めた。
 強く引かれるせいで擦れて、かかとが痛む。背に冷たい汗が流れ、心臓がばくばくと音を立てて、周りの音まで聞こえなくなってしまった。

 しばらくなのか、ほんの少しだったのかわからないが、ある程度奥に進んだ所でルイは急に手を離され、その拍子にバランスを崩して後ろに倒れこみ、地面に転がった。
「げほっ……! い、っ」
 誰かに連れて来られた……ルイは、痛みに歪めた顔を前に向ける。
「何? 何か文句でもあるの?」
「そうそう。何、その顔、生意気ー」
 現れたのは、女だ。女は冷やりと背筋が寒くなるような表情で地面に転がったルイを見下ろした。その後ろから、くるくるとした金の髪を二つに分けた少女も、ひょいと顔を出す。
 何をするの。そういおうとした口からは、恐怖と痛みで「はっ、」と息を吐くような声しか出ない。
「変な女。悲鳴とか、上げないの?」
 隣にいる男が、そう言って笑った。この人が自分を拘束した男だろうかと目を向けたルイは、息を止める。
 体格のいい男で、冷たく見下ろす女と蔑むような目でみる少女の隣で、興味がないといった風な表情でその様子を眺めている。助けは望めない。

(これ……って、や、ばい雰囲気だよね……?)
 暗い路地に引きずりこまれ、いかにも怪しい場所で知らない人間に取り囲まれて、しかも決していい空気ではない様子で自分を見下ろしている。
 まずい、やばい。この人たちは、何。そう考えたルイは、無意識に癖でポケットの石に手を伸ばし、握りこむ。
「あんた、何持ってんの?」
「……っかはっ、げほっ」
 上手く息を吸い込めず、それでもルイは何とか距離をとろうと上半身だけ起こし、ずるずると後ろに下がる。他の人間がルイの行動を不審に思う前に、強い怒りを含んだ声が聞こえた。
「ねぇねぇ、あんたさ、何で今日もカイト様と一緒にいるわけ? カイト様の、何なのさ?」
 まだ幼さが残る少女が、少しだけ目を細めて、嫌悪するようにルイに言葉を投げつける。
「見たんだよ、あたし。二週間くらい前にあんたがカイト様と手繋いで服買ってるトコ。しばらく留守にしてたカイト様を街で見かけて喜んでたら、隣にアンタがいて、カイト様は笑ってて。……なんなの? どこの街で育った光の民か知らないけど、何様?」
 その言葉に、ルイは漸く自分の連れてこられた理由を理解した。
 神子だと知らない彼女らにしてみれば、憧れるカイトの隣に知らない女が急に現れて、おもしろくないのだろう。……少し考えると、とてもわかりやすい事だった。カイトはあんなに素敵な人なのだから、と考えて、俯く。

(それでも、ここまで……する?)
 言いたいことがあるなら、表で堂々と食って掛かってくれたほうがいい。こんな裏路地で、人気がない場所で……そう考えながら、理由を理解したルイはすぐに、未だ何か言い続けている女を無視して、何処か逃げ道はないかと視線を巡らせた。
 震え上がっている場合ではない。キツイ言葉を投げつけられるのには、慣れている。……それもおかしい話だけど、とルイは内心少し苦笑して、ぐっと唇をかみ締め二人の女を見た。
 この場合、男が興味なさそうにしているのは運がよかったのかもしれない、と女を見つめたルイは、その違和感に首を傾げた。

(な、……に? あの人たち、髪が光って……)
「聞いてるの!? アンタがいなかったら……っ!」

――聞いてるの!? ルイ、あなたがお母さんを、……

 突然頭に忘れられない声が響いて、ぐらり、とルイの視界が揺らいだ。目の前で声を荒げる女性が、ぼやぼやと歪み、別の女性になった。胸が締め付けられたかのように息を吸い込めなくなる。
 あ、まずい。薬飲んでないから、吐きそうだ。……そこで、ルイは意識を手放した。



「お待たせしましたー」
 明るい声が耳に届き、カイトは顔を上げる。声のする方を見れば、アイラが大きな袋を抱えて店を出てきた。
「お帰りなさい……アイ、ラ? ルイさんは?」
「え? カイト様と外で待っているとちょっと前に……え!?」
 その一瞬で状況を把握したカイトは、ばっとその場を離れ今アイラが出てきたその店に足を向けて、すぐ自分の持つ石の一つから弱々しい魔力を感じて、足を止めた。
「……ルイさん!?」
「カイト様!? ルイ様は!」
「ここで待っていてください!」
 カイトはそれだけアイラに叫ぶと、すぐに店の横の細い路地へと入り込む。
 伝達石。……弱々しいながらもその魔力は、正確にルイの今の位置をカイトに知らせる。
 数メートル走った先に、すぐに少し開けた空間が見え、長く美しい金の髪が、白く細い手首が辛うじて見えた。
(……! 間違いない、あれは)
 視界にルイを捉える。強く地面を蹴り上げ、その開けた空間に飛び込んだカイトの目の前で、髪の長い女がルイに酷く怒りを含む声を上げた、その時、ルイの体がぐらりと揺らぐ。
「ルイさん!」
 駄目だ、倒れる……そう思ったカイトが手を伸ばした時、ルイの体がふわりと浮いた。ルイの手に、伝達石と一緒に昨日練習で使用したまま持たせていた移動石が握られている。
 驚くカイトの横で、「ちっ」と小さく舌打ちが聞こえる。ルイを睨みつけていた女が、その手に何かを握ったのが見えた。
「っ! 逃がしませんよっ」
「あんたに、用はないんだよね」
 女が、くっと笑って手に力を込める。
「……君達、闇の……!?」
 確かに目の前の女二人の金の髪に、漆黒が混じるのを見たカイトはすばやく握りこんでいた石からぱちぱちと青白く光を放つ剣を取り出した。
 しかし、それを振るう前に

「ルイさん!」

 ふわりと宙に浮かんだルイが、ゆっくりと漆黒の髪の女達に指先を向ける。ルイの目は焦点が合っていないのか、ぼんやりとした表情で女達を捉えてはいない。ただ、まっすぐに向けられた指先が一瞬光ると同時にその前方に円形の陣が展開し、強い風が周囲に吹き荒れた。
「ぎぃい!?」
 突然人ならざる者の声が聞こえ、そしてすぐに消えた。ぱらぱらと、ルイの手から塵になった移動石が零れ、ぱったりと、風も止む。
 音を立てて、女が二人崩れ落ちた。二人とも、透き通った金の髪。

「ルイ……さん……?」
 自分の声が、震えているのに気づいてはいるが、ゆっくりとルイに声を掛ければ、ルイは急にくったりと力が抜けたように宙からカイトの腕の中に落ちた。
 名前を呼び、声を掛けるが目を閉じたルイは反応を示さない。ただ、小さく胸が上下しているから、気を失っているだけだろう。
「今のは、神子の魔法陣だ……どう、して」
 呟いてみるものの、答えてくれる人は、いない。


「おもしろいもん、見ーちゃった」
 呆然とルイを抱きかかえるカイトを屋根の上から覗き込みながら、一人その場にいた筈の男がにやりと笑って、その場を後にした。

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