たった、ひとこと

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  第二章・契約と魔法―1  

 二日間。王都についたその日、王に謁見したその夜に、体調を崩したルイは高熱を出して寝込んだ日数だ。
 原因が不明で医師が処置できず、二日目に漸く目を覚ましたルイが鞄にあった解熱剤を飲んで何とか微熱にまで下がった。

 三日目の朝訪れたカイトに、ルイはすみませんとずっと謝ってばかりだ。
 しかも今いる場所は、カイトの家の一室らしい。城の敷地内にあるそうだから、恐れ入る。カイトの父が王の側近との事だった。
「頑張るって言ってすぐ倒れるなんて」
「いいんですよ。身体が弱いと聞いていたのに無理をさせてしまった私がいけませんでした」

 高熱が続いていたせいで身体が痛み、ほとんど動けない為ベッドに横になったままのルイは、申し訳なくてカイトを見れずにいた。
 朝からカイトはただ自分の隣にいて、こまめに濡れたタオルを取り替えては額に乗せてくれていた。
 もしや昨日、一昨日もそうだったのだろうかと考えると、本当に申し訳なくて泣きたくなってくる。

「カイトさん……お仕事、は」
「騎士団には所属していますが、神子様の護衛に任命されましたので。あなたの傍にいるのが今は仕事ですよ」
 ずっと無言が続いていた中突然の質問に、カイトは少し目を見開いた後すぐ微笑んでそう答えた。
「すみません……」
「神子様、謝罪は」
「その、神子様じゃなくて、ルイって呼んでもらえませんか? すごく、変な感じがします」
 その一言に困ったようにカイトは苦笑した。いけない事なのだろうか、とルイは考えて、それでもそんな大それた名前で、しかも様をつけられて呼ばれるのは嫌だとこっそりため息をついた。
「私まだ何もできないんです。カイトさんには、名前で呼ばれたいです」
 自分の名を呼んでくれる人がいないのは寂しい。名前が好きだったわけではないのだが、どうも神子という呼び名は不安を煽り、寂しさを増徴させる。
「我侭、でしょうか」
「……そちらの方がよろしいですか? では、元通りルイさんと」
「……呼び捨てで、いいですよ? カイトさん、年上なのに」
「年齢は関係ありませんよ」
 くすくすとカイトは笑う。とりあえず呼び方が戻った事にほっとし、ルイは目を閉じた。

「まだ本調子ではありませんね。ゆっくり休んで下さい」
「カイトさんは、暇じゃ、ないですか」
 再び目を開ければ、タオルを取り替えようとルイの額に手を伸ばしていたカイトと目が合った。綺麗な青い瞳は真っ直ぐにルイを見ていて、少しだけ心臓がどくりと音を立てる。
「暇ではありませんよ。こうしてあなたの傍にいれますから。それに、静かな時間は好きなんです」
(……すごい台詞)
 あなたの傍にいれますから、なんて、普通に聞いたら誤解を受けそうな発言だ。神子の存在ってそんなにすごいのだろうか、と考えて、落ち込む。何もなくても自分にそう言ってくれる相手がいたら、どんなにいいものなのだろうか。
 ゆっくりと目を閉じたり、天井を見たりしながらぼんやりとした時間を過ごす。やりたい事、確かめたい事、覚えたい事がたくさんあるのに、まったく自分の身体はいつもその邪魔をする。



 いつの間にか眠ってしまったルイが次に目を開けた時には、窓から朱色が差し込んでいた。
「ん……」
「起きましたか?」
「夕方、ですか?」
 そうですよ、とカイトの声が聞こえる。ずっと、いてくれたのだろうか。
 パタンと音がして首を横に倒すと、カイトは本を読んでいたようだった。テーブルの上に何冊か本が積まれ、一冊にしおりが挟んであった。
 ゆっくりと身体を起こすと、痛みは殆ど取れていた。これなら、いつも通りだとルイは手を握り感覚を確かめる。
「休んでいたほうがいいですよ」
「慣れてますから。もう起きても大丈夫です」
「ですが、まだ熱が」
「微熱は……下がりませんから」
 笑ったつもりだったのだが、カイトは「あ」と小さく呟いた後、申し訳なさそうに俯いた。
「あの、本当に大丈夫ですから。いつも通りです」
「……はい。何か、食べれそうですか?」
「そういえば、お腹空きました」
 その言葉に安心したようにカイトは微笑んで、食事を用意します、と部屋を出て行った。



「えっと、神子って騎士団所属になるんですか」
「ええ。神子は魔法を駆使して、民を護る者……あなたは光の神子ですから、クォーツ隊に所属する事になります」
 やわらかく煮込んだ野菜のスープだけの食事を終え、大丈夫という言葉で押し切ってルイはカイトにいろいろ聞き始めた。
 簡単に説明されていただけで、まだわからない事だらけだ。
 妥協してベッドに横になっているのなら、という条件だった為、ルイは枕とクッションを背もたれに少しだけ身体を起こして話を聞いていた。本当は、文字が見たいから本を読みたい。外を見てみたいと言っていたのだが、それは明日以降に回された。
「クォーツって、水晶ですか?」
「そうですが、光の神の名です」
「神様の名前……」
 どうやら知っている知識とはやはりズレがあるらしい。言葉が通じてよかった、とルイは安堵した。文字が読めるかどうかは、わからないが。

「魔法って、石を使うんですよね。水晶を使うんですか?」
「……ええ、そうですが……知っていましたか」
「だって、カイトさんが森で守護壁を張るって言ってた時、ベルトから石を外してたから」
 そうでしたね、とカイトはルイの額を撫でた。熱は大分下がっている。
 気になったルイが他の神の名を聞けば、それもすべて宝石の名前だった。
 水がサファイア、風がエメラルド、火がルビー。少しだけ違和感があったのは地がダイヤモンドだった事だ。色で選んだのかな、なんて考えはあっさりと否定された。
 ルイの感覚からすると、ダイヤモンドが光という感じがするのだが、この世界ではどうやら価値も違うらしい。
「よし、覚えました」
「あまり無理はなさらないで下さいね。王と、母にも怒られてしまいます」
「でも、闇の者、力をつけてるんですよね」
「ですが、あなたが無理をする事はありません。我々王都の能力者や、他の民の協力もあります。あなたが倒れては意味がありません」
「……はい」

 体調がよくなった分、ただ休ませてもらっているのは申し訳なかった。部屋は広いしベッドは大きいし、食べ物もとてもおいしい物を食べさせてくれた。何かしたいなぁと思うのは当然だ。
 しかし今は休んでいなさい、と言い聞かせるように、頭に大きな手が乗って、ゆっくりと撫でられた。
 子供扱いされているのかもしれないが、頭に触れられるのは気持ちよかった。
 なんとなくその手が、自分の手とは随分大きさが違うなと考えたルイは、ふと気になる事を口にした。
「カイトさんは、身長高いですよね」
「え? ええ、まあ、高いほうですね」
「どれくらいあるんですか?」
「百八十五センチですよ」
 その言葉に、ルイは驚いて「わ、高いっ」と声を上げた。
(高いとは思ってたけど……そんなに高かったんだ。どうりであんなに身長差があるわけで……)
「ルイさんは?」
「……百五十三センチです。道理で十三歳に間違われる程の身長差」
「三十二センチ差は確かに大きいですね。まあ、それだけではありませんが」

 どう言う意味ですか、とむくれて問えば、いえ、秘密です。何て笑顔で返されて、ルイは唇を尖らせた。
「歳は四つしか離れてないのに。ライトさんにも私子供に間違われてたんですよ。訂正する暇、なかったですし」
「いいんじゃないですか? 口説かれますよ。口説かれたいのなら、まあそれなりに覚悟を決めて……」
「ち、違います。いいです。このままで」
 いったいどんな覚悟が必要なんだとルイは突っ込みたかったが、ここは聞かない方がいいだろう。
 それにしてもカイトはライトに対して厳しい気がする。それだけ仲がいいという事だろうか。

「そろそろお休み下さい。明日、何か本を持ってきますね。文字が読めるといいんですが」
「ありがとうございます」
「これを」
 カイトに何か手渡されたルイがそっと手のひらを見ると、小さな透明の石だった。
「伝達石です。弱いものですが、強く握って呼んでくだされば、私の持つ石に伝わります。何かあったら呼んでください」
「……ありがとうございます」
 ではおやすみなさい。そう言って部屋を出るカイトを見送って、ルイは渡された石をしばらく見つめた後、ほんの少しだけ嬉しそうに微笑んで、ベッドに潜り込んだ。
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