たった、ひとこと

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  第一章・見知らぬ土地―4  

「まず、そうですね……私の名前はカイトと言います。カイト・フォルストレ。フォレストーン騎士団の能力者です。お名前、伺っても?」

 目の前の青年はさらりと笑顔で自己紹介してくれる。でも
(どこから……、でも、ちょっと待って)
「フォル、フォレス……え、外国、じゃないし……やっぱりここ、日本じゃ……」
「ニホン?」
「えっと、私、日本の」
 駄目だ。落ち着こう。そう考えて涙は息を吐く。説明してもわからないかもしれない。先程の熊にしても、雷のような剣にしても。
「やはり、異世界の方なのですね」
「……え?」

 涙が驚いた顔をするのも無理はない。思った矢先に、目の前の人物から異世界だとか言い出すのだから。
「私、この世界の人じゃ、ないの? 騎士団って、何? あなたは、何?」
 涙は今更ながらどうして黙ってついてきてしまったのだろうと唇をかみ締めた。化け物が出て、混乱して、ただ一人目の前にいる人間についてきてしまった。……助けてくれたのは、間違いないのだけれど。
「落ち着いて……私はあなたに何かしようとしているわけではありません。騎士団は民を助ける者です。あなたに何もしないと誓いますから、落ち着いてください」
「……すみません……私の名前、るいです。えっと、蒼井、涙でるいが名前」
「ルイさん、ですね」
 どうするのがいいのかわらからないものの、今はこの人を信じるしかないと名を告げて顔を上げれば、カイトはその整った顔を複雑そうに歪め困ったような表情をしていた。その表情が今の状況を考えて微妙に違和感を感じて、涙はその顔をまじまじと見てしまう。しかし、視線に気がつくとカイトはすぐに表情を戻し、柔らかい優しそうな笑みを浮かべて「すみません」とだけ言った。
「何か、ご存知なんですか」
「……いえ、そうですね、とりあえず、詳しい事は明日にでも。今日はもう遅い。明日、王都にお連れします」
「えっと…」
 いきなり王都と言われても、意味がわからず涙は黙り込んだ。わからない事だらけだ。このまま休むと言われても、確かに疲れきっているけれど正直無理そうだ。
 好きでよく読んでいた本の中にあったように、異世界に飛ばされるなんて事がまさか自分の身に起きたのだろうか、と少ない情報の中から考えて、眩暈がした。それに、目の前の何も言ってくれない青年は明らかに何かを知っている。
 しばらく涙を見ていたカイトは、急に目を見開いた後、すみません、と頭を下げた。
「突然こんなところに来られたのに、何も知らないというのは落ち着きませんね。気が利かずすみませんでした。そうですね、この世界の事をお話しましょうか」
「……すみません、助かります」
 カイトは微笑んだ後ゆっくりと話し始めた。
「まず、ここは王都フォレストーンより少し北にある森です。この……世界は、王都フォレストーン、それから各守護神の町が集まっている世界です。王は統べる者、平和の象徴、光の神の加護を受けたもので、光の民。他、4つのその町を守護する神の加護を受けた民と長がおり、成り立つ世界です」
 ゆっくりと、一言一言を選ぶようにカイトは言葉を続ける。異世界の住人に説明するのが慣れている、というわけではなさそうな不安げな表情で、一旦区切り涙の顔を覗き込んだのは、確認の為だろう。……正直難しくてよくわからないのだけど、涙は一度頷いた。
「もし話の途中で疑問があれば、どうぞ遠慮なくおっしゃって下さいね」
「じゃ、じゃあ、他の4つって」
「王都は光の民。他は水の民、風の民、地の民、火の民になります。それぞれその土地の神の加護を受けています。水の民なら、水の神の加護を」
「……カイトさん、は」
「ああ、そうですね。私は、光の民です。先程魔法を使用しましたが、あれは光の民にしか仕えない魔法なんですよ」

 そう、青年は先程、何もないところから剣を取り出した。しかも、雷の様に光る剣を。
「民の中には、魔力を高く持って生まれてくる者もいます。そういった人間はその地の加護を強く受けており、水の民なら水の魔法、風の民であれば風の魔法を使用します。私の場合は光の民ですので、各地の神に加護を受ける事ができればすべての魔法を使用できます」
「……光の民は強いんですか?」
「光は統べる者ですから…ですが、強いとはいえませんね。いくらすべての魔法を使えたとしても、威力が強いかどうかはその使う人間次第ですから」
「なんか、難しいです」
 話の内容が自分の住んでいるところとは違いすぎて、混乱した涙がそう言えば、すみません、とカイトは笑顔のまま申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「あ、すみません。えと、説明がわかりにくいんじゃなくて……あまりにも、違いすぎて。私の世界に、魔法なんてないんです。物語では出てきたりするけど、見るのは始めてだし……正直見ても実感が、ないんです」
 慌ててまくし立てるように言葉を続ければ、カイトはふっと笑ってその手を涙の頭に優しくのせ、落ち着くように、と声をかけてくれる。
 随分と大人っぽい人だなと涙は顔を上げて、そこで、ああ、私が子供扱いされてるのかもしれない、と少し落ち込んだ。自分の見た目もあっていつも少し幼く見られるのは慣れていたのだけれど。
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