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たった、ひとこと
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第三章・気高き護りの町―8
「願い……」
「そうだよ。僕らは神子の為に。さあ、こっちに来てよ、光の神子」
「……シャルさん……」
呆然とした表情で呟くルイの目は無い腕の根元を押さえ動くシャルに向けられた。
血、血、血
「何、怖くなった? ガキには用は無いんだ」
「ふざけるな。誰がおまえに神子を渡すか」
「神子を抱えて動けない騎士団長様が何言っても無駄だよ。君が動いたら僕はすぐに神子をいただくよ。わかってるよね?」
くすくすと楽しそうに笑う少年に、アイラは焦ったように視線を動かす。
ルイは呆然としたままシャルを見つめてカイトの腕の中にいる。敵が言うようにカイトが戦いに動く事はルイを守ることができなくなる事を指している。
自分の術が強力なのはわかっているが、戦闘に慣れていないアイラが一人守りきれる筈がない。アイラは唇を噛んで恋人に視線を移した。
デュオが間違いなく押している。ただ、相手の獣はどう見ても時間を稼いでいるようにしか見えない。
攻撃に転じず、防御に徹していたから。
「最悪ですわね……」
疑問は多い。なぜルイを神子と認識しているのか、カイトを騎士団長と認識しているのか……
つまり彼らは全てこちらの戦力を把握した上でここに現れたのだ。この、護りの町から近い場所に。
この隊にも救護班からの騎士はいる。ただ、二体目の闇の民にかかりきりになっていて、シャルの治療には当たれないだろう。ルイにこの状況を見せたくはないと誰しもが思っているこの状況で。
「血、なんで」
カイトに抱き込まれたまま、ただ血が流れて止まらないシャルを見る自分に、ルイは吐き気を覚えた。
護られてるのに、何もできない。なぜ。
「シャル。少し待て。必ず助けるから」
ぐ、と守護結界の範囲が少しだけ広がり、敵の攻撃の際に飛んだシャルの身体がアイラの結界の中に納まるのを確認して、カイトが声をかける。
辛そうな、低い声。
(私がいるから、カイトさんが動けない)
誰か騎士が一体でも闇の民を倒してこちらに助けにくるのを待つか。いや、そんな時間はない。シャルの血は、止まらない。肘から下がないのだ。
その時、ルイの視線はシャルの視線とぶつかった。
何かを訴えて、にこりと笑う若い騎士。
その、利き手を失った彼の左手に握りこまれている石を見て、ルイは顔色を変えた。
「だ、駄目です、シャルさん……っ!」
「ルイさん! 動かないで!」
「カイトさん! シャルさんを止めてぇえええ!」
はっとアイラとカイトが気づいた時、よろりと立ち上がったシャルが握りこんだ左手を突き出して結界から飛び出した。
同時に暴れたルイが馬から転がり落ちる。強く身体を打ったのだが、そのまま前に飛び出して、すぐ、ルイの身体にどさりと吹き飛ばされたシャルの身体が被さった。
「ちっ、風鳥の石! ガキがめんどくさい石使いやがって」
ぼたりと目の前に、血が落ちる。誰の血、とルイが理解する前に、頭上の影が敵のものであると気づいた。カイトがすぐに飛び出し、辺りに新しい剣のぶつかり合う音が響いたせいだ。
「カイトさ……」
「ルイさんは下がって! アイラ、もう無理はするな!」
血を流しているのは人型と言われた黒髪の少年。シャルの攻撃が、利いたのだろう。そのシャルは気を失い、全身傷だらけでルイに被さったまま。
どさりと背後で音がする。アイラが倒れた。力の使いすぎなのか。結界が薄れ、消える。
「な、んで……」
「結界が消えたな。はは! おまえのせいだよ神子。おまえがいるからガキは死んで、この男も結界を張り続けた女も死ぬ! おまえのせいなんだ神子、おまえが! おまえがいなかったらよかったんだ!」
「アイラぁあ!」
悲痛な叫び声は、デュオのもの。やけにルイの頭に響いたそれ。そして、やや意図的に発せられる少年の言葉。
――おまえのせい
「ルイさん! 駄目です。逃げて下さいっ! ここにいてはいけな」
「私のせい」
「違う! ルイさん!」
剣を振るいながら必死にルイに声をかけるカイトの姿を、ぼんやりと見つめたルイは
倒れているシャルの手の中の石を握った。
ぼんやりとした目は虚ろで、しかしやけにしっかりと口は言葉を紡いだ。
「現レヨ、風ノ鳥。我ガ意ニ従イ吹キ飛バセ」
これはあの時と同じだ、と呆然とカイトはその場に佇んだ。
すっと伸ばされるルイの指先に現れるのは神子特有の陣。そして現れたのは、以前の風より強い、形を持った風。
吹き荒れる風の中に、ひっと黒髪の少年の声が混じったのは気のせいではない。
先に消えたのはデュオ達が相手にしていた獣。そして、憎悪に顔を歪ませた黒髪の少年が傷だらけの身体を最後に闇に溶け込ませた。
「次は必ず」
そう呟いて。
「逃げられた……」
「おいカイト! 神子を頼む! 誰かシャルに治癒を!」
「……っ! ルイさん!」
アイラに駆け寄りながら指示を出すデュオの声で我に返ったカイトが慌ててルイに近寄れば、あの路地裏で魔法陣を展開させた時と同じようにルイはくったりと身体をカイトに預けた。
意識はない。呼吸はしている。ただ、今回はルイの石を握った右手に小さな切り傷が恐ろしい程に刻まれていた。
ルイの力を超えた石の使用によって魔力が逆流したのだろうとすぐに気づいて、石を手から取り上げる。
ころりと転がった石をカイトは拾い上げて、ルイを抱き上げるとすぐ声を張り上げた。
「シャルは!」
「意識が戻りません! 出血が多すぎます!」
「誰かテルスに救援の連絡を!」
「俺がもうやってるカイト! ラトナが能力者を連れてすぐに来る!」
ほぼ全員が傷を負い、アイラとルイが意識不明、シャルは命の危険がある。
最悪の旅の始まりにカイトは手を握りしめた。ぎりぎりと食い込む風鳥の石は、鈍く放っていた光をゆっくりと閉ざしていく。
「……シャル! くそ、こいつ息してねぇ!」
「アイラ! 目を覚ませ!」
「神子様がお守りくださった命を絶対に救うんだ!」
カイトがぎりぎりと手を握る、その腕の中で、ぽたりとルイはその瞳を閉じたまま涙を零した。
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