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  第二章・契約と魔法―3  

「それでカイト様がお怒りでしたのね」
 屋敷にルイを連れて戻ったカイトが、早々に「用事がありますので」と部屋を出て行き、アイラと二人きりになったところで時間は三時。夕食にはまだ早いお茶の時間に、今日の出来事を話せば返ってきた意外な返事にルイは首を傾げた。
「怒ってました? カイトさん」
「そうですね……もんのすごく、わかり辛いとは思いますが、オーラが」
「お、オーラが怒ってるって……」
「まぁ、ルイ様に怪我を負わせてしまったのですから、仕方ありませんね。お気の毒ですけれど、レン様は今頃大変でしょうね」
 苦笑するアイラに、ルイは俯いた。
「や、やっぱりレンさん怒られちゃうんだ……」
「あら、ルイ様、レン様を気に入られたのですか」
「……へ?」
 楽しそうに笑うアイラに、ルイは間抜けな返事をした。気に入る、どこにそんな話題が出ただろうか。
「皆様、素敵だったでしょう? それはもう皆様今をときめく騎士団の隊長メンバーですから……知っていたら、ついていきたかった位です」
 確かに全員それぞれ魅力のある人達だった気がするが、ルイは首を傾げた。実際に耳にする機会が殆どないような単語が出たからだ。

(今をときめくって……あ、アイドルみたい)

 変な所に突っ込みをルイがいれている間にも、アイラは胸の前で手を組み、どこに視線を向けているやら夢心地な表情でうっとりと語りだす。

「スイレン様は今の隊長方の中では一番長く就いていらっしゃる方ですのよ。若干無口ではありますけれども、希少な治癒術を難なく使いこなす素敵な方ですわ。ラトナ様はその明るい雰囲気でとても周りを楽しませてくださる、守護能力に長けた方ですの。イオ様とレン様は、つい最近隊長に就任したばかりの方ですわ。確かお二人とも十八歳ですから、ルイ様とお話も合うと思います」
 つらつらと淀みなく説明してくれるアイラは、頬を染めている。その内容を聞けばもはや確かに、騎士団隊長というのはアイドル的存在のようだ。
「ですが、スイレン様とラトナ様には確か婚約者がいらっしゃいましたのよ。イオ様は……どうだったかしら。レン様はいないらしいって話ですけど」
「婚約者……綺麗な方達でしたもんね。それにしても、アイラさん詳しいですね」
 恋人がいて当然って感じの綺麗な人達だったもんな。そんな事を考えて納得したルイの前で、もちろんです! と拳を握るアイラはその次ににやりと笑う。
「ですが、今一番の話題と言えば、何と言っても光の民のフォルストレ兄弟ですのよ!」
「話題? え、カイトさんと、ライトさんですか?」
「もちろんです! ライト様は言わずもがな、王女様の護衛と言うのはご存知ですよね? 最近、二人に婚約の話が出ておりますの!」
「ほぇ……、ライトさんが、王女様と婚約」
 いきなり出た話題に、ルイはぽかんと口を開けた。話の相手の存在の大きさに、何か、現代の女性向け雑誌でも見ている気分だ。
「もともと仲が言いことは噂されておりましたので……親衛隊に引き抜かれるまでは、ライト様がクォーツ隊隊長でしたのよ」
「騎士団と親衛隊って、別だったんですね」
「もちろんです。騎士団は民を護る為ならばどこにでも向かいますけれど、親衛隊は主に王族や各町の長の護衛専属ですから……ってそうではなくて!」

 純粋に気になった事を質問しただけなのだが、アイラの関心は今はそこではないらしい。
 そっちの話題の方が気になるんだけどな、と呟いてみたが、声を大にして言えないのは興奮した様子のアイラに圧倒されているからだろう。
「そして何より、カイト様ですわ。今まではライト様と比べて……ってこれも失礼な話ですけれど、浮ついた噂一つ上がらなかったカイト様が、街で可愛らしい少女と手を繋いで仲良くお買い物を楽しんでおられた……街ではそんな噂で持ちきりですのよ、ルイ様、これってすごい事なんですから。あの、カイト様が!」
「ま、待ってアイラさん。あのカイト様がーって言われても、私わからないし……」
 自分がここに来たのは、それこそ二週間前なのだ。しかも屋敷に篭りっぱなしで、過去からの話題についていける筈がない。
 しかしとりあえず、と理解したのは、カイトに彼女がいるようだ、という事だ。そこを聞いて、ルイは若干顔色を悪くした。
 自分の存在は、大分その「彼女」にしてみれば、嫌なものなのではないだろうか、と一瞬で考えてしまったのである。

(ただでさえずっと一緒にいてくれるし……護ってくれるって……うわ、嫌だろうな)
 彼氏どころか、元いた世界では考える事が多すぎて恋焦がれるという感情すら持った事がなかったが、常識的に嫌なものだろうと考え頭のどこかで理解する。
 自分の存在がまだ知らぬ女性に迷惑を掛けるというのは正直辛い。かといって、カイトの傍にいすぎてはいけない、と考えたルイの心臓は何かつかまれたように苦しくなり、知らない人ばかりのこの世界で最初に出会い、常に優しく接してくれるカイトという存在がルイの中では大きなものになっているのだと気づく。
(お兄さん、みたいだもんなぁ……)
 実際に兄がいたわけではないが、友人に聞く優しい兄の像に似ていると納得し、そして手の中でころりと転がる石を見つめて、ルイはため息をついた。

「ルイ様?」
「え、あ、何です?」
 気がつけば心配そうに顔を覗き込んでいたアイラの手が、そっと額に触れる。
「また、熱が上がってしまわれたのかと。今日、お疲れになりました?」
「え? あ、大丈夫です。えと、これ悪いなぁって思って」
「これ? まぁ、綺麗な石ですね」
「カイトさんに貰ったんです。お守りみたいで気に入ってたんですけど、伝達石だって……でも、今日実はレンさんの魔法見てたとき少しだけ怖くて握っちゃってて、カイトさんに迷惑かけちゃったし。それに、彼女さんがいるならこれって多分、嫌ですよね」
「これ、想い石でしたの!? まぁ、カイト様から! 素敵ですわ、少しだけ見せてもらえます?」
「え?」
 一人興奮し驚いたように立ち上がるアイラが、ルイの手の中をまじまじと見つめる。と、少しだけ残念そうな顔をした。
「桃色ではありませんのね。ですが、想い石なんて素敵な贈り物ですわ」
「うー、アイラさん、一人で納得しないで下さいよぅ。想い石って何ですか? これ、伝達石だって言ってましたけど」
「ああ、すみません。伝達石は、別名想い石って言うんですよ。桃色の想い石は、恋人達の愛の証! 魔法を使う能力者の間ではパートナー契約にも必要とか。ああ、やっぱり噂通りなのかしら」
「あのー、アイラさん……」
 ぱたぱたとアイラの前で手を振ってみるが、彼女はその手をがしっと掴み、大事になさってくださいませ、と頬を染めて言うだけで、ルイはしばらくこれは自分の聞きたいことは聞けないだろうとため息をついた。
(後でアイラさんが落ち着いたら聞くか……でもまた同じ事になるかな。能力者のパートナー契約っていうのも気になるし、カイトさんに聞こうかな。でも、本人に彼女さんにご迷惑ですからってこれつき返すのも、なぁ……)
「怖くて石を握っちゃったなんて、カイト様喜ばれたでしょうね!」
 にこにことアイラが話し出すが、とりあえず質問しても答えは返ってこないだろうな、とルイは苦笑して、「まさか」と曖昧な返事を返した。

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