たった、ひとこと
第一章・見知らぬ土地―8
「あら、お帰りなさい」
少女の楽しそうな声が、暗い室内に響いた。月明かりすら届かない部屋で、ギィ、と扉が開く音がする。
「そう、あいつを殺すのは失敗したの。……いいわ。話を聞いて、どう抵抗するか見せてもらうのもいいかな、なんて思っていたところよ。こちらにも、準備が必要だものね……?」
少女以外にこの部屋に人間はいない。少女が話しかける相手は、暗闇に溶け込んでいるのか、それともいないのか。
「楽しそうだから、あいつらにおもしろい事だけ先に教えてあげようかしら。ねぇ、あなたにも身体をあげる。あいつらに勝てる、極上の身体よ? 嬉しいでしょ?」
少女がそう言って笑う。暗闇の中で、闇が集まる。
少女の目の前で、背の高い影がにやりと笑った。
「よぉ」
王都へ入る門の前で立ち止まっていたら、急に後ろから声をかけられて、ルイはびっくりして後ろを振り返った。
「何してんだ、カイ」
「……ライ兄さん」
そこにいたのは、カイトと同じ長身で、金の長い髪を一つに括った青年で。腰には長い剣を携えていた。
(顔、似てるなぁ……お兄さん、って言ったよね)
すっと整った金の眉に、長い金の睫。微笑む口は薄く引かれ、カイトと同じく吸い込まれそうな青い瞳。
ちらりと顔を見れば、その人物はじっと自分を見つめていた為にルイは困ったようにカイトを見た。
「ああ、私の兄なんですよ。怖がらなくて大丈夫です」
「はじめまして、ルイ、です」
「ライトって言うんだ。よろしく。で? お前が連れてきたって事は、母さんの占い当たってたわけ?」
「……そうですよ」
ライトという青年はおもしろそうにルイをじろじろと見ていて、身長差のせいで見下ろされたままのルイは困ったように眉を顰めカイトの横から少し下がる。カイトの後ろに隠れるように身を引いたルイを見て、ライトはおもしろそうに笑った。
「ん? お前に懐いてるな。珍しいな、何かしちゃったのか?」
「何かって何です。兄さんが怖いんだと思いますけど」
「何でだよ。美男子に見つめられて悪い気する奴はいないだろ? なぁルイちゃん」
「……怖いです」
「っ……くくっ」
正直に口にしてしまったルイに、カイトは口を押さえて笑いをかみ殺した。ルイはといえば、しまったという顔をして「あ、あの」と謝罪しようと言葉を捜しているようだ。
「いいんですよ、ルイさん。ほっといて」
「なんだよ。結構言うなぁ。で? 何でそんな格好なわけ?」
「ああ、ちょうどよかったです、兄さん。彼女の服あまりにも寒そうだったから、小屋の着替え借りたんですけどサイズ合わなくて。どこかいい店知りませんか?」
「まぁこの格好のまま母さんのとこ行ってもなぁ。よし、案内してやる」
ライトはそう言うとさっさと王都の門を抜けてしまった。門の脇には、兵士らしき人間が両脇に二人立っている。
(通れるのかな)
不安になって上を見れば、ルイの様子を見ていたのかカイトがにっこりと微笑んで「大丈夫ですよ」と手を引いてくれた。
門の兵に何か一言二言告げると、あっさりと門を通過できてしまう。
門の中はいきなり人が増え、ルイは思わず息を呑んだ。
(商店街……?)
門からまっすぐ大きな通りが続き、両脇にはたくさんの店が並んでいた。カゴを持って買い物を楽しむ人、店先で商品を持ち呼び込む人、ずっとまっすぐ続く道の先には、大きな城も見える。遠くに馬車も見えた。
店と店の間にある細い通りを覗けば、洗濯物が干された一般の家のような建物も見える。少し時代は違うかもしれないが本で見る西洋のような町並みだ、とルイは見入った。
「兄さん何で門に? 王女はいいんですか?」
「母さんに言われてね。来るから、迎えに行けって言われて。まぁ、いちゃついて帰って来るとは思わなかったけど」
「……いちゃついて?」
「お前が珍しく顔赤かったから。手なんか引いちゃってたし?」
「違います」
なんとなく話についていけず、店先を覗きながら歩いていたルイは、急に振り返ったライトに帽子を取られて足を止めた。
長いストレートの金の髪が、さらりと落ちて驚く。
「ひゃっ!?」
「お、可愛いじゃん!」
「兄さんっ」
「なんだよ、服選ぶなら似合う服選びたいだろー? 髪で顔隠すのもったいないな。ついでに髪留めも買うか?」
ライトは楽しそうに言いながら、ルイの頬に手を触れそのまま髪を掻き揚げた。
(ど、どうしよう……!)
もちろん今までそんな事を男にされた事はなく、まして目の前で髪に触れる男性は自分で美男子だと言っていただけあって本当に綺麗な顔をしていたから、ルイは軽くパニックを起こした。
と、ぴったりと固まってしまったルイの髪にそのまま触れていたライトの手が、ぴしゃりと叩かれる。
「何してるんです兄さん。女性の髪に勝手に触れるのは失礼ですよ」
「でも、せっかく可愛いしさぁ。ルイちゃん大人になったら俺とどう?」
「え? ど、どう?」
「兄さん! 早く服屋に案内してくださいっ」
とうとう怒ったカイトがルイの手を引いて離した。何だこの状況。ルイが混乱したまま辺りを見渡せば、店先で何事かとこちらを見ている数人を見つけて、恥ずかしくなる。
(二人ともかっこよくて目立ってる気がする……っ!)
今更ながら自分を連れて歩く二人の顔は美形すぎると認識して、ルイは手を伸ばして帽子を奪い取ると、慌てて被った。
「被っちゃうの?」
「……すみません」
「兄さんのせいで目立ったんじゃないですか。ほら、とっとと進んでください」
どん、とカイトに背中を押されて、ライトはぶつぶつと文句を言いながらも歩き出した。
「ほら、ここ」
そうライトが言って案内してくれた場所は、木造の柔らかい雰囲気で、可愛らしい外装の店だった。
扉を開けると、カランカランと音がして奥から優しそうな女性が現れた。
三十後半位だろうか。綺麗な金の髪を巻いていて、とても大人の女性だ。
「ライトくんじゃない」
「お久しぶり〜、ミラさん」
店員さんとライトさんは知り合いなのかな、とルイが考えていると、ミラさんのお店はこちらだったんですね、と驚いたカイトの声が聞こえて、どうやら二人とも知り合いのようだなとルイは二人を見た。
と、急に腕をつかまれて前にいたライトに引っ張られ再び帽子を取られた。
「突然で悪いんだけど、この子の服上から下まで見立ててくんない? あと出来れば髪留めとかあるといいんだけど。いくらかかってもいいから」
「あら、新しい彼女さんかしら? 随分若い子捕まえたのね」
「ら、ライトさん、困ります。私、お金……」
「いいんですよ、ルイさん。私が出しますから」
後ろからカイトが現れて、優しく頭に触れてそういった。
(そ、そういう問題じゃない……)
「あら? カイトくんの方の彼女だったのかしら?」
「くそ、カイのいいとこ取り。違うよミラさん。まぁ、任せていい?」
「大丈夫よ、うちには雑貨も結構あるから、気に入るアクセサリーも見つかると思うわ」
ミラと呼ばれた女性はそう言って微笑むと、こちらにどうぞとルイを奥へ案内してくれた。可愛らしい服がたくさんあって、出入り口付近には確かに髪留めやネックレスなどが並び小物も揃っている。
「どういった服が好みかしら」
そう言われて、ルイは首を傾げた。並んでいる服は確かに可愛らしいが、自分が向こうで見るような服とは雰囲気が違う。この世界の服ってどういうのが普通なんだろうと考えてみたが、知らないものはどうしようもない。
「……えっと、あの、お任せします。できれば、あまりその……」
「ルイさん、値段は気にしないでくださいね」
いつの間にか横に来ていたカイトにそういわれて、ルイはまさに言おうとしたことを止められて俯いた。
とりあえず、隣に来てくれたのはチャンスだとちょいと袖を引いて、小さな声でカイトに「私、どういう服が普通なのかわかりません」と訴えてみれば、カイトは少し考えるように目を逸らした後微笑んだ。
「そうですね……ルイさんが特に希望がなければ、私も一緒に選んでも?」
「はい、助かります」
「少し待っていて下さいね」
そう言うとカイトはミラの元へ行き、何やら話し出すと二人で服を選び出した。
その間どうしようかときょろきょろしていると、後ろでライトに呼ばれ、手を引かれる。
「ルイちゃん、いつこっちにきたの?」
「えっと、多分昨日ですけど」
「……え? 昨日?」
驚いたように目を見開くライトの様子に、ルイは首を傾げた。
「ごめん。驚いた。……結構落ち着いてるから。いい子だね」
ルイが不安そうにしたのに気がついたのか、ライトがぽんと頭に手をのせてゆっくりと撫でた。
(……どうしよう、ライトさんも、私が子供だって思ってるっぽいなぁ……)
否定しようかと口を開く前に、カイトに呼ばれる。どうやら服を選び終わったようだ。
「一着、着てみてください」
指差された方向を見れば、五着は並んでいる。どれもワンピースのようだった。一着ドレスのようなものがあるので、それは除外して、ルイは黒い長袖のワンピースを掴んだ。
生地はやはり知っている物とは違うようだ。袖口や裾、胸元に白いレースが施されていて、可愛らしい。
(……こんな可愛いの、似合うかなぁ)
悩んだものの、その服は一番レースなどが控えめなものだった。ピンクのフリフリしたワンピースには、さすがに手を伸ばせない。
「それがいい? じゃあこっちに試着室があるから」
ミラに言われてルイは大人しく従い、もともと着ていた大きい男物の服を脱ぎ黒のワンピースを身に着けた。もちろん着こなす自信はないが、男物のサイズが合わない服よりはいい。
ここは好意に甘えよう。そう思いながらボタンを止め終わり、膝丈のふわりとしたスカートを少し摘んでくるりと服を見ながら鏡の前で一回りしたルイは、そのまま自分の顔を見つめて硬直した。
金の髪もひどく違和感があるのだが、それを見つめる自分の瞳の色が緑だったことに驚いたのだ。いや、よく見ると緑というよりは、青緑だ。
(……はぁ。これも、光の加護が何とかって、関係あるのかな)
正直な話、髪が変わってるので驚いてしまったから今更瞳の色なんていいや、と軽く考え、改めて全身を見て、黒いワンピースは随分と長い金の髪を目立たせている事に気づく。以前であったなら、黒髪に黒いワンピースは目立たなくてよく選んでいたはずなのだが、今回ばかりは失敗したかもしれないとため息をついた。
「ルイさん? 試着、終わった?」
ミラの声が聞こえて、慌ててルイは返事をして外に出る。
出てすぐに目が合ったのは、カイトだ。カイトはしばらくじっと見たあと、似合っていますよ、とにっこりと微笑んだ。
「サイズが合っていて良かったです。ミラさん、髪留めも見せていただけますか。あと、残りの服はうちに送っておいてください」
「ええ、わかったわ」
「の、残りの服?」
「気にしないで。ああ、これがいいですね」
カイトが微笑んだまま手に取ったのは、黒地の布に白いレースが縫い付けられた細いリボン。
ルイが何か言う前に、ミラがつけてあげると言ってすぐにルイの髪を結い上げ、リボンを結んでしまった。
その間どこかに行っていたカイトが戻ってくると、満足そうに頷いてルイに手を差し出す。
「いいですね。では行きましょう」
「え? でも」
「お金ならもう頂いているわ。また来てね? ……ライトくんは?」
言われて、そういえば扉の傍にいたはずのライトの姿がない事にルイは気づいた。
「母さんに呼ばれて、先に」
「……そう。わかったわ」
ミラにお礼を言って、カイトに少し急かされるように手を引かれて店を出たルイの目の前を、数人の男達が走り抜けた。
なんだか店に入る前と街の様子が違う気がする。そう思ってきょろきょろと見回すルイに、カイトはゆっくりと声をかける。
「少し慌しいですが、大丈夫です」
「あ、はい。あの、服、ありがとうございます」
「ええ、どういたしまして。それで、この後ですが……お気づきでしょうが、王都の占い師……あなたがこちらに来ると預言した占い師は、私達の母親です。これからそちらに向かう事になりますが……具合は大丈夫そうですか?」
「大丈夫です」
どんな人だろう。どんな話を聞くことになるのだろう。
私はいったい、何故ここにいるのだろう。
きっとその答えがわかる筈だ、とルイは唇を軽く噛み、カイトに続いて街を歩き出した。
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