●● 選ばれた戦舞姫 --- 敵国への偵察―3 ●●
ルベラが私の声に反応して、ぴょんと私の肩に戻る。
男達は新たに現れた存在に注目していて、ルベラは一安心したのかごろごろと喉を鳴らして頭を私の頬に擦り付けた。
「お嬢さん、早く逃げなさい」
その言葉でその透き通った声の主に目をやると、そこにいたのは……騎士鎧を着た男だった。
剣をいつでも鞘から抜ける位置に手をやり、すっとゴロツキ二人を睨むのは綺麗な緑色。そして、日に透ける金の髪は短く切りそろえられていて、風に揺れて絹糸が光っているようだ。
何て、綺麗な人。どこか……気になる。
「お、俺らは何もしてないぜ。ただこいつが迷子みたいだったから……」
「なら、さっさと立ち去るがいい。この剣が抜ける前に」
「お、おいずらかるぞ」
思いっきり悪人の台詞を吐いて走り去る男達。
「……ありがとうございました」
まさか敵国の騎士に助けて貰うことになるとは。私、これでもイオンテリア軍特務師団長なんだけどな。もちろん、名乗れるはずはないけれど。
「……危ない、所だったね。君みたいな可愛い子がこんな所を歩いてたらいけないよ」
「子って、私……はぁ、私、十七です。ちょっと、道に迷っちゃって」
いい加減慣れてきたぞ、幼女扱い! もう。皆して失礼だ。
「……ああ、二つ、違いだ。僕は十九なんだ。よかった」
何がよかったのかよくわからないが、男はにこりと笑って手を出してきた。
よくわからず、握手を交わす。
……あ……わかった。陛下に少し似てるんだ、見た目。
ぼーっと見上げてその容姿をまじまじと見つめると、緑の瞳が揺らいで、彼は少し顔を背けた。
「こんな可愛い子に、見つめられるとちょっと照れるんだけど……」
「え! うぁ、あ、す、すみません!」
わ、私ってば! か、可愛いはお世辞として、ちょっと見つめすぎた。何やってるんだ私はっ
「いえ、ちょっと恥ずかしいですけど……嬉しいですね」
金色の短い髪を揺らして、にこりと微笑む王子様のような目の前の騎士は、さて、と私を大通りへ促した。
「道に迷っているのなら、ご案内しますよ。どこへ行くつもりでした?」
「……私は、旅のものです。歌い手、で。どこか、歌を歌えたら」
「歌を……歌うのですか。ぜひ、聞きたいです。あ、お名前は」
私は少しの間、迷った。相手は、敵だ。
そして私は普段少佐の地位で、いつもお兄様の後ろにいるような存在だから名を知られてはいないだろうけれど。……
「ルー……シェ、です」
私は『ルーチェ』ではなく『ルーシェ』と咄嗟に名乗った。
彼はふっと笑うと「ではルーシェ」と私の手を、そっと引く。
「僕は、コーラルといいます。さぁ、いい場所があります。そちらに向かいましょう」
連れて行かれたのは、開けた広場だった。
少し離れた先には噴水。あちこちのベンチには、カップルや小さい子連れの家族。公園、だろうか。
緑が多くて、街中とは打って変わって、空気が気持ちいい。
「ここで歌ったら気持ちいいと思いませんか?」
「本当です……! すごい綺麗な場所」
空気も綺麗、清々しくて、こんな青空の中歌えたら素敵。
「歌ってもらえませんか? あなたの歌声を聴いてみたい」
まるで、王子様みたいな言葉。
「いいんですか? ここで歌って」
「ええ、ここなら、大丈夫ですよ」
そういって彼は一歩離れた。
私はきょろりと周囲を見渡して、少し深呼吸をして。
ぱさりとフードを下ろし、桃色の髪が風に揺れ、左頭部の髪飾りがちゃり、と音を立てた。
誰かが、息を飲む声が聞こえているはずなのに、私の耳には届かない。
歌うのは……大好き……そのまま踊りだしたい位に。
「――叶えたい愛は……手の届かないところに……――」
私は歌う。大好きな歌を。心を込めて、想いを込めて。
広い公園に、私の声が響き渡る。私はゆっくりと手を動かした。舞うように、気持ちが伝わるように。
ふわりと私の羽織っている布が風に舞う。たん、と軽くステップを踏めば、それは歌の伴奏のように周囲にリズムを生み出して。
ぱち、ぱちぱちぱち……
急に聞こえた音に、私ははっと前を見た。コーラルさんをはじめ、公園にいる人たちがいつの間にか私の傍に集まって、拍手をしてくれていた。
降りていたルベラの前に、沢山の硬貨。
「よ! 可愛いねお姉ちゃん、最高だったよ!」
「おねーちゃん、綺麗だった! お歌、素敵!」
小さな子まで、拍手してくれていて。私は、歌に入り込みすぎていて回りに気づいていなかったから、今更頬に熱が上る。
「あ、えっと……ありがとうございます!」
慌てて頭を下げる。すると、コーラルさんが近寄ってすごいよ、と褒めてくれた。
「とても綺麗な歌声に、舞だった。すごく素敵だったよ」
「ありがとうです、コーラルさん」
「ラル、でいいよ。そっちの方が呼びやすい」
「……じゃあ、私もルゥで。呼ばれなれないんです、ルーシェって」
「親しい人はルゥって呼んでるのかな? じゃあ、喜んでそう呼ばせて貰おう」
彼の笑顔は……陛下に、本当に似ていて……思わず、私も微笑みを返した。
「本当にここでいいの?」
コーラル……ラルが、そう確認してきた。
ここはランデリアの王都の出口。私はここから国境の見える丘を目指すつもりだ。
昨日は公園で歌った後、宿に一泊して……朝、外に出るとそこにはラルの姿があった。
今日、発つって昨日言ってたから、と笑う彼は、私は随分早朝に宿を出たのにいつ起きたのやら。
送っていくよ、と町の出口まで送ってくれた彼。
「大丈夫なのです。私、結構強いのですよ。それに、旅をしなくちゃ。私は、ずっとこの街にはいないのです」
「にゃぁん」
ルベラが肩で、可愛らしい声を上げる。
「……この後は、どこへ?」
「イオンテリアか……グランテリアか……まだ決めていないのです」
「なら、イオンテリアは避けたほうがいい。あそこの国境は、今ごたついているから」
「え?」
いきなりの、私が飛びつかざるをえない話題に私は素っ頓狂な声を上げてラルを見上げた。
慎重に考えを巡らせる。何て言えばいい? このまま、ラルから情報を引き出す?
いい人、だけど……
相手は、敵、だけど……
どうしたらいいのかと、ごくりと私は生唾を飲み込んだ。
その時、彼が一瞬迷ったように視線を泳がせて。
「今、隣国イオンテリアとこの国はあまりいい状況ではないんだ。国境付近は、小競り合いも多い」
「……まさか、戦争になっちゃうですか?」
脳裏に過ぎったのは、大切な陛下の顔。
私は後ろめたさに、少し奥歯を噛んだ。
私は、彼の敵。イオンテリア軍特務師団団長、ルーチェ・アイオライト大佐!
「そうだね、近いうちに……開戦になると思うよ。国境付近は近づかないで。君みたいな可愛い子、昨日みたいに飢えた男の餌食になるだけだ」
「……わかりましたです。ありがとう、ラル」
私は、頷いて……笑って見せた。
どんなに酷かろうが、構わない。私の命と生は……陛下の為に。
国境に寄る必要は、なくなった。
情報なら手に入れた。開戦するのは間違いない。
それなら一国も早くこの情報をイオンテリアに持ち帰るのみ。
私は来た道と同じように、グランテリアの道へと戻り馬車で、グランテリアへと入国する。
「ラル……ごめんなさい、です」
せっかく仲良くなれたけど、私はあなたの……敵なの。
グランテリアの道を踏みしめる。
私は……空を仰いだ。
あの公園と同じ、澄んだ青い空を。
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