たった、ひとこと

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  第三章・気高き護りの町―7  

 結局カイトはルイの申し出に丁重にお断りを入れ、二人が共に寝ることはその日なかったのだが、アイラとデュオに相当からかわれたのか翌日のカイトは明らかに寝不足でどこか疲れていて。
「あの、ごめんなさい、カイトさん。私、」
「いえ、いいんです」
 ルイの前でへらりと笑うものの、疲れの色が濃いカイトにルイは申し訳なさからくっと唇を噛んだ。
 あの後の三人の様子を見てから、自分が言った事が失言だったと漸く気づいたのだ。
「……あの」
「はい?」
「カイトさん、て、本当は俺って言うんですね」
「え……あー、言って、ました?」
 こく、と頷くルイを見て、カイトは困ったように苦笑した。
 しばらく視線を泳がせた後、はぁ、と一つ息を吐くと、お恥ずかしいですね、と小さく口にした。
「えっと……?」
「私はお気づきかとは思いますが、クォーツ隊の隊長……いえ、フォレストーン騎士団の騎士団長です。私の家系は代々そうなのですが……兄が姫の護衛に選ばれた後、私は隊長に就任してすぐでしたから、……まだ頼りない自分に少しでもけじめを、と」
「カイトさんはすごいのに」
「まだまだですよ」
 ふ、と笑うカイトを見て、どこか不満そうにルイは首を傾げたのだが、すぐに満足そうに頷いた。でも、さすがです、と呟いて。
 実際きっといろいろ問題があったのだろう、カイトの顔は一度苦々しいものに変わったのだが、それはすぐに隠されてしまった。ルイは、見逃さなかったのだが。
「ルイさん?」
「ふふ、カイトさん、今日もよろしくお願いしますね!」


 予定通り旅の初日を終えているため、あと三日でたどり着けるのではないか、と朝食の席で聞かされた一同はいそいそと出発の準備を始めている。
 朝、騎士全員が一人ずつルイのところに挨拶に来た際に、一人だけルイに握手を求めてきた人物がいる。
 選りすぐりの護衛に選ばれた隊の中で一番若い騎士。まだ十八だという少年は、年齢も近いルイに強く興味を抱いていた。
「ルイ様、僕はその、まだ至らぬ所も多いですが、精一杯お守りしますから!」
「お、シャル、出発の準備もせずルイ様を口説いてんのか? カイトが怖いぞー」
「デュ、オ様! 僕はそんなつもりじゃ! カイト様の恋人を口説いたりしません!」
「恋人?」
「え! 違うんですか!?」
 途端目を輝かせて振り返ったシャルと呼ばれた少年に、ルイがきょとんとした後頷いたのを見て、遠くから騒ぎに気づき近寄ってきていたカイトが肩を落としたのに気づいたのは忍び笑いをしているデュオだけだ。
 カイトの心境はさておき、順調に進んでいた。

 何の変わりもなく予定通りに進んでいた旅に、緊張が走ったのは旅を始めた四日目。後半日もすればテルスにつくだろうと誰もが安心し始めた、その時。
「ちっ、目隠しになるように結界を展開しながら進んでいたのに!」
「デュオ、落ち着け。見つかるのは想定内だ」
「ルイ様、大丈夫ですから、カイト様から離れないでいてくださいませ」
 ひゅ、と騎士達の間に緊張が走るより早く、進んでいた森の異変に気がついたのはルイだった。
 黒い霧のようなものに包まれている、と呟いたルイの言葉で、はっと状況を理解したカイトがすぐに指示を出したおかげで、すぐに姿隠しの結界から守護結界に張り替えることができた。
 現れた闇の民は、姿を実体にするなり舌打ちをする。
『久しぶりに人間を見つけたのに』
 響く声で、黒い霧が収束して現れた狼のようなものが口を動かした。
 口が動くその様子を見たというのに疑いたくなる、まるで地の底から響いてくるような、後を追ってくるような気味の悪い声だと恐怖して、ルイはちらりとアイラを見たが、アイラは慣れている様子で静かに目を細めてそれを見ていた。
「……人の言葉を話しますのね」
『そうだよ。僕は高位だ。怖くなった? ニンゲン』
 人に近しいものをもつ闇の民は脅威となる。そう聞いた事があったルイは、状況をすばやく理解した。今、まずい状況なんだ、と。
 せめて無力な自分が迷惑をかけないようにするには、相手に狙われない他ない。本来足かせになるのはわかっているがカイトの腕の中でぐっと大人しく身を堅くし、なるべく視線が合わないようにと獣から目をずらす。
「おまえこそ残念だった。ここにいるのはただの人間ではないから」
『僕から見れば、ヒトはヒト』
「残念だがここにいるのは能力者の集団なんでね」
 黙りこむカイトより数歩、馬を前にだし敵と話しながら注意を自分に向けているのは、デュオだ。そんなデュオを信じきっているのか、カイトもアイラも不安そうな色を見せずじっとそちらに視線を向けている。
 能力者、と獣が呟いた刹那、ぶわりと何かが増した。前方から溢れる嫌な風に、ルイは顔を顰める。何かにしがみつきたくても自分は馬上で、カイトは自分の後ろにいて、遮るものなく敵から発せられた殺気に中てられたルイは小さく息を呑んだ。

 恐怖、憎悪、孤独感

 いや、そんな言葉ではない。そのどれでもないような強烈な負の感情とでも言おうか。じわじわと脳裏に嫌なものが見えるような気がした。
 これが、闇の民との戦いなのか、とルイは唇を噛んだ。自分が初めてこの世界に来た時に見た熊の形をした闇の民は、人の言葉を話さなかった。熊との違いに、恐怖は大きくなる。
「こんな所に人の言葉を理解する闇の民がいるなんて、やっぱり闇の民が力をつけてるのは間違いないな」
 困ったな、と言いながら困っていない様子でデュオが剣を抜いた。それが、合図だった。

「カイト様! ルイ様をよろしくお願いいたします!」
「アイラ、無理はしないで」
「もちろんですわ。守護結界を張るだけですもの」
 そう言ってルイとカイトの前に出たアイラが手を掲げ、何事か呟いたその時、自分の周囲に広がる暖かい空気
「アイラ、さん?」
「アイラは能力者なんですよ、ルイさん」
「え、だって」
「隠していてすみませんでしたわ、実は私、使えるようになったの旅の直前でしたのよ」
 掲げた手に何か……石を握り締めたまま、アイラは振り返ってそれだけ呟いて、しかしそれきり前を向いてしまい口を閉ざすアイラに、ルイはおろおろと視線を後ろに向けて。
 安心するようにとカイトがルイの身体に腕を回し、落ち着いて、と小さく耳元で呟いた。
「アイラはもともと能力者の素質があった。ただ、母が言うには強い力だが随分と偏っていて、難航する、と。最近まで能力者の兆候も見せなかったんですが、漸くその力が守護に特化したものだとわかったんです」
「アイラさんも、能力者……」
 呆然と見つめる先で、アイラが、そしてさらにその先でデュオと数人の騎士が獣に対峙している。自分の後ろにも数人の騎士が、いつでも動けるようにと周囲に気を張っているのがわかる。
 全ては自分を守る為。慣れない様子も見せずアイラも力を使っているのに、私は何もできないのか、とルイが目を伏せた時、後方で異変が起きた。
「二体!」
「いや、三体だ!」
「……地の街へと続く通りに、力が強い闇の民が三体も!? こんなに街は近いのに!」
 騎士達のざわめく声。状況がますますまずい事になっているのだろう。
 本来街の近くは騎士も多く、それほど闇の民がいないものだと、前にアイラが言っていた気がする、とルイが気づいた時、カイトも唇を噛んだ。
「……これはおかしいですね」
「カイトさん?」

「ああ、気づいた? さすが、光の騎士だね。僕が部下を連れてきたんだ。光の神子様?」

 ルイの疑問の声に、カイトが答えるより早く。
 現れた人物に、隊の一番若い騎士、シャルがひっと息を呑む音が聞こえた。
「完全な人型……っ!」
「闇の……民……?」
 黒髪の、幼い男の子。
 幼さの残るその声に、強い恐怖を感じるのは気のせいではない。
「ルイ様! 耳を塞いでくださいませ!」
 アイラの声。そうか、闇の民の声は聞いてはいけないんだ。けど、その時。
「んぐ!」
「これが精鋭部隊? こんな弱いガキがいるのに」
 何かがルイの前で飛んだ。
 デュオは最初に現れた闇の民にかかりきりで、他の騎士もそれぞれ獣の形をした闇の民と戦っていて。
 決して劣勢ではなかった。光の民の、精鋭部隊なのだから。でも。
 アイラの守護結界に包まれていたルイ、カイト、アイラの目の前で、一人その三人を守ろうと剣を抜いていた騎士の腕が飛んだ。
 真っ赤に染まった彼の服。楽しそうに見つめる黒髪の、彼よりも幼い少年。
「ぁあああああああ゛っ」
「しゃる、さ……ん?」
「シャル様!?」
「……っ! シャル!」
 耳元でカイトの叫び声が聞こえた筈なのに呆然と見つめるルイの先で
 突然の状況の変化についていけずぼんやりとするルイの視線をしっかりと捕らえた黒い髪の少年が、にやりと笑う。

「我らが神子の、願いの為に」
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