たった、ひとこと

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  第一章・見知らぬ土地―9  

「急げ! 王女の護衛は!?」 
「ライト様が戻られている! 王は無事か!」

 ばたばたと大きな門の前を、鎧に身を包んだ兵士達が走り回っている。見た感じ、会話の内容からしても、どうやらこれがやはり城らしいと納得したルイは、その様子に首を傾げた。
 街を歩いている時に感じた違和感は、城に近づくにつれ確信に変わっていた。何かあったらしい。
「……カイトさん、何か、あったんですか?」
「大丈夫ですから、安心して下さい。あなたは私から離れないで下さいね。母は城で待っているそうですから、中に入りましょう」
 城で待つって、ものすごくすごい人なのだろうか。すたすたと門を通り過ぎるカイトに手を引かれたまま城に足を踏み入れてしまったルイは、その内装にぎょっとした。
 赤い絨毯、大きな階段。煌びやかな内装は、どこから見ても日本には存在しない洋風の城そのものだ。
 やばい、自分は場違いだ。そう思うのに、先ほどからばたばたと走る兵士は、カイトを見て礼を取るものはいるがルイを気にしている感じはない。
 もしかして、カイトはものすごい立場の人なのだろうか。城にもあっさりと入ることができたのだし……と考えてしまうと、ルイの身体は緊張で少しぎこちない動きになる。
「……ルイさん? 大丈夫ですか?」
 つい緊張してか、ルイが手を握り締めているのに気づいたカイトが顔を覗き込んできた。
「ひゃっ! わ、あの、大丈夫です。すみません。緊張、して」
「城の中が少し慌しくて、申し訳ありません……大丈夫ですから」

 カイトは相変わらずにこりと微笑んだままだったが、そこで初めてルイはカイトの様子がおかしい、と感じた。
 よくわからないが、困ったように笑っているのだ。やはり、この城の混乱は何か嫌な事があったという事なのではないのだろうか。
「母が待つ部屋はここです。……いいですか?」
「はい。大丈夫、です」
 本当は大丈夫なのかよくわからないが、どうにもできないのでルイは一度目を閉じて、深呼吸した。
 カイトがノックすると奥で女性の声が聞こえて、カイトはゆっくりと扉を開けて、ルイの手を握り中へと入り込んだ。

「すみません、遅くなりました」
「ああ、待っていたのよカイト。……まぁ、あなたがそうなのね。わたくしは、リルと申します。どうぞ、お疲れになられたでしょう。こちらへ」
 出迎えた女性は、なぜか緊張した面持ちで部屋の奥の長椅子を勧めてくれる。
「リル、さん。はじめまして、ルイです」
(……カイトさんに、似てる)
 金の髪に青の瞳。優しそうなこの人が、カイトの言う占い師なのだろうと覚悟を決めて、女性の向かい側の長椅子に腰掛けた。
 リルはにこりと微笑んだが、その表情は少し曇っているようだ。
「……あの、カイトさんは」
「あなたもこちらに」
 声をかけられたカイトはそのままルイの座る長椅子の少し離れた場所に折り畳みの椅子を運んで座り、報告しなさいといわれすぐに口を開いた。
「昨晩北の森にて魔物に襲われている彼女を保護しました。彼女は……」
 淡々と説明を始めるカイトの言葉は、母親にするものというよりは仕事の報告といった雰囲気だ。二人の表情を見るに、そうなのだろう。
「以上から、彼女が御告げ通り神子になるべく異世界より呼ばれた少女に間違いないと」
「……、神子?」

 何も知らないと言っていた筈のカイトの言葉にルイは驚いて彼を見たが、カイトは目を伏せ「すみません」とだけ呟いた。
「お許し下さい。王によって、すべての話は私から話すように口止めされていたのです」
 カイトとルイの様子に気づいたリルが、すぐにそう言葉を続けた。
「カイト。……いくつか教えてしまったのでしょう? どこまで?」
「……この国の五つの民と、闇の民の話は」
「はぁ。気の優しいあなたの事ですから、そうではないかと思っていましたよ。ルイ様、これからわたくしがすべてお話致しますから」

 ゆっくりと話し始めたリルは、ほぼカイトと同じ事を言った。国の事、光、他の民の事。
 しばらくそれを聞いていたルイだが、不意に各地の神子という言葉を聞いて、ぴくりと反応した。
「各地には、神子という存在がございます。大抵は、その地の長の娘、町の姫が選ばれています」
「……、水の民なら、水の民の姫が、水の神子になるということですか?」
 少し考えたルイがそう続けると、リルはちらりとカイトを見た。カイトが驚いて首を振ったので、ルイは慌てた。カイトが話したとなればまずい内容なのだろう。
「カイトさんから聞いたわけじゃ……そう聞こえたんですが、違いますか?」
「いえ。ご理解が早いので少し……随分と聡明なお方ですわ」
「……母さん、彼女は、十九歳だそうだよ」
「ええ?」
 その様子につい苦笑したルイを見て、リルは慌てて頭を下げた。
「え、あ、気にしないで下さい。えと、お話、続き聞いてもいいですか?」
 神子と言う言葉が気になっていたルイが慌てて言うと、そうですねと同じく苦笑したリルが、では、と話を続ける。
「神子は、その民を護れるお力をお持ちの方です。守護の魔法を駆使し、闇の民から町を護れるお方です。王や街の長の守護結界とは違い、自由に動き戦える者」
「重要な役割という事ですよね」
「そうですの。ですが……実は、王都にだけ神子がおりません」
「え?」
「今はまだ闇の民の勢力も弱く、光の民の騎士達や、他の民の力でまだ普通に過ごせておりましたが……もう何年も王都には神子様になられる方が、お生まれにはならず。このままではいけないとわたくしは、この地に伝わる神に、祈りをささげておりました」
 そこまで聞いて、ルイはまさかと手を握った。先ほどカイトはルイを、神子になるべく呼ばれた少女の筈だと言ったのだ。
「あなた様は、異世界から来られた方でお間違いありませんか」
 その言葉は、酷く緊張しているように聞こえた。少し、震えているかもしれない。ルイは首を傾げた。
「間違いないです。ここは私のいたところじゃ……つまり神様は、異世界の女を神子の代わりとして送り込んだって事ですか」
「……申し訳ございません……!」
 ばっと、リルとカイトが頭を下げたのに、ルイは驚いて立ち上がった。
「わたくしたちの祈りは確かに聞き届けられました。しかし、まさか他の地の少女の人生を犠牲にする事になるとは思わず」
「え?」

 違和感の正体に気がついた。リルは、自分の祈りのせいでルイを犠牲にしたと悔やんでいたのだ。
 ルイは、この展開を呆然と「よくある異世界召喚ファンタジーだ」などと軽く考えていた。もちろんそんな話の主人公がする事をやる自信はないが、実感が沸かなかったのかもしれない。
 呼ばれた理由が町を護るため。まさに、小説か漫画の世界だと。そして、そういった時は大抵町の人達は「やってくれ!」と言う流れなのだろうと思っていた。
 謝罪されるとは思ってもみなかったルイは、本来驚くべきところとは別のところで驚いたのだ。
「えっと、え? あの、頭を上げてください」
 どうするべきかと頭を抱えたくなる。
 自分はそんな大それた人間ではない。何もできないかもしれない。
 そして、正直な所ここに来たからと悔やんでもいなかった。まだ、何をさせられたわけでもなく、酷い扱いどころかとても親切にしてもらっている。そして、元の世界に執着もないから。

「カイトさん、あの」
「はい」
「私、何をすればいいんですか?」
「え?」
「だって今のままで私が何かできるわけじゃないんですよね?」
 その言葉で、漸く二人が頭を上げた。驚くように目を見開いてこちらを見るのは、予想外の答えを言ったからだろう。
「お怒りでは」
「ないですよ。私、カイトさんに助けて頂いて感謝してます。そうでないと、私はえっと……北の森、で、死んでましたし」
 呆然とルイを見る二人に、ルイは困ったように微笑んだ。
 きっと、必要とされているのなら元いた場所よりルイにとって価値がある場所だという思いは、説明したところで理解はしてもらえないだろう。そんな事を考えて。
「それより、さっきからばたばたしてるのって、何なんですか?」
「あ……それは」
「闇の者が、南の門に現れました」
「母さん!」
「隠すのは失礼でしょう」
 リルは、ぐっと手に力を入れ何かを決意したようにルイを見ていた。
「私、皆さんの力になれるような自信はありません。努力はしますけれど、魔法すらない世界から来ました」
「お気持ち、深く感謝致します」
 深く頭を下げられ、ルイはすとんと椅子に落ちた。
「本当に、何かできる自信はないですから」と続けたが目の前の女性はふるふると首を振る。
「王に報告して参ります。こちらでお待ち下さいね。カイト、あなたは神子様の護衛を」
「はい」

 ぱたぱたと現れた兵士と共に部屋を出るリルを見送って、ルイは大きく息を吐いた。
 大変な事だ。わかってはいるが、元の世界に戻りたいという思いが沸かない自分に苦笑する。
 この後いったいどうなるのか。漠然とした不安を抱えて、ルイはカイトと共に静かにリルの帰りを待った。
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