たった、ひとこと

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  第一章・見知らぬ土地―7  

 カイトは宣言通り、ルイの様子を見ながら休憩を挟み、ゆっくりと進んでいた。途中昨日の熊程ではないものの、現れた蝙蝠のような魔物はすぐに魔法で倒している。
 本で見るより実際に目にする魔法のすごさにルイは目を丸くするが、カイトはどこか慣れている様子で雷を出現させ、敵を一瞬で切り裂いていた。
「なるべく見つからないようにと術を施してはいるのですが、何回か戦闘になるかもしれません」
「…すみません」
 確実に足手纏いだと自覚しているルイは、ただただ申し訳なくて俯く。護身用の武器すらない。ここではカイトに護られるしかなかった。
「ありがとう、の方が嬉しいです」
「え?」
「昨日から、すみませんばかり聞いていますから」
「……それは、たぶんカイトさんもだと思います」
「そうでしたか?」
 顔を上げると、カイトはにこりと微笑んでいて。
(綺麗な顔だなぁ。背、高いし。もてそう)
 そんな事考える余裕が出てきた事に、ルイは苦笑した。
「……ありがとうございます」
「ええ、どういたしまして」

 王都への道は、初めこそ獣道を歩くようなものだったのだが、徐々に道らしくなり、今歩くその場は確かに人の手入れがされているものだ。
 しかし、それはルイにとって見慣れているアスファルトではない、土の道。あたりは緑も多く、時折咲くのは白、赤、黄色と色とりどりで美しく、景色はすばらしいものといえる。ただ、見える草木も花々も見知らぬものだった。わかるのは、空の雲は同じというだけ。

「私は……」
「え?」
「何で、ここにいるんですか……?」
 ぼんやりと空を見たまま呟くようにカイトに尋ねるルイの表情からは、何も読み取れない。
 その表情を見て、昨日から違和感があったが、随分と表情が変わらない子だ、とカイトはその瞳を見つめる。ルイの瞳にはただ青い空と、自分が映し出されているだけだ。
「詳しい話は、王都でという事になりますが……昨日お話した闇の民の事を覚えていますか」
「人を襲う者達ですよね」
「ええ。そいつらは……光の民にしか、倒す事はできません」
「水や、風は駄目なんですか?」
「ダメージを与えることは可能です。ですが、この世から消し去る事はできません。それをできるのは光の民だけです」
「……光の民は、すごいですね」
「ですが、その代わり光の民は能力者の数が少ない」
 民の数は光、そして他の四つの民も、そう変わらない。ただ、魔法を使う事ができる能力者の数は光の民は極端に少ない、とカイトは説明した。
 つまり自分は、とルイは考えて、検討をつけた。
「私は、能力者ですか?」
「……おそらくは」
「……わかりました」

 それ以降、ルイは特に何もその事に触れることなくただ黙ってカイトの横を歩いた。
 カイトは何かしら抗議の声があると思い構えていた為、拍子抜けしたように呆然と横目でルイを見ていた。
 気づいている筈だ。ここに来てしまった自分が、能力者として利用されるという事を。まだ出会ったばかりではあるが、少し感情に乏しい感じはあるもののそれに気づかない程抜けているというわけでもなさそうなのに、と。

 そんな事をカイトが考えている横で、漸くルイが名前を呼ぶ声が聞こえて慌てて返事をすれば、ルイは前を指差していた。
「王都は、あそこですか?」
 ルイが指差す先には、確かに町が見えていた。
 白く高い建物と、人々が生活する沢山の家の屋根が見える。そしてそれをぐるりと囲う堅い石に守られた街。
「ええ、そうです。もう少しですから、頑張ってくださいね」
「大丈夫です。あの……」
「はい?」
「私、お役に立てますか?」
 その台詞に、カイトは驚いて足を止めた。この少女は、一体どういう考えを持っているのだろう。
「……私が言うのもなんですけど、嫌ではありませんか? 私の話を聞いて、あなたは自分が何をさせられるか気づいたのでしょう」
「まだ、詳しく聞いたわけじゃないですし……それにカイトさんは私を助けてくれたんです。あそこであんな熊さんにやられて死んでたよりは、マシかもしれないし……話聞いてみないと、わからないから。それに……」
 ルイはそこで一度言葉を切って、カイトの顔を覗き込んだ。急に目の前にさらりと金の髪が見えて、カイトは小さく「わ」と声をあげた。
「カイトさん小屋を出た時に、安心して下さい、守りますからってって言ってたじゃないですか」
「……そうですね」
 ルイはあくまで真剣な表情だったのだが、カイトが少し赤くなっている頃。王都の門からは二人の姿を見つけた青年が一人、ふっと笑って二人のほうへと歩き出していた。
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